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氏真は武よりも文に優れ、歌にも才を発揮し、この場でも見事な歌を詠んでいる。
元康は助けを乞うように義元を見つめたはずであったが、なぜか義元にそっぽを向かれてしまった。
(……いや、待て。義元様に誤解された気がする)
彼は明らかに瀬名を押しのけたのだ。嫉妬に狂っていると思われたのかもしれない。
元康は直ぐ様、筆を置き茶碗を持って義元に駆け寄った。
「義元様っ、もう一服お願い致しまする」
「……元康、お主」
義元は漸く理解した。為益から逃げたかったのだと。だが、その思いは密かに彼も同じだった。
氏真がほくそ笑むなか、元康と義元は冷泉為益にみっちりと指導を受けることになり、観桜茶会の風情は消え去っていった。
茶会が終わって、自室で脱力する義元は歌の才は学びだけで補えないことを痛感していた。
「疲れた……癒しの風情は何処へ」
一瞬だけ目を閉じ、顔をしかめた義元は不意に緊張を走らせ息を詰まらせた。己の首筋に冷たいものが触れている。明らかにそれは刃だとわかる。
「まだ、くれてやるとは申しておらぬぞ」
淡々と返す義元に、刀の主は陶然と言い放つ。
「この美しき刃に、赤き血は映えましょうなぁ」
「!……っ」
すうっと刃を引かれ、薄皮一枚裂けて、うっすらと血が滲む。
義元は激しく胸内で震えては、俯いたまま憤った。
「貴様……何の真似だ」
「義元様こそ、長門と思われたのでしょう?」
あっさり義元から離れ、刀から血を拭う佐治は陽気な笑い声をあげた。
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