第二章

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戒めが崩壊した衝動的行動は、いつか直面するであろう死が恐怖でならぬと胸内で吐露させ、小さく肩を震わせた。  「と、殿……困りますぞ」 長門は声を裏返らせ、義元を押しのけようとしたが、びくともしなかった。  「麗らかな春は気がおかしくなるらしい……抱かせろ、長門」  「!!……っ、嫌にござります」 そもそも義元は男色を嫌がっていたはずだ、と長門が抵抗すれば、義元は凄まじき力で押し倒しにかかった。  「人の嗜好は変わるらしい。女は抱きすぎて飽きた……愛した正室もおらぬしな」  「変わりすぎにござります!」 必死に逃げようとする長門に義元は苛ついて、懐刀を彼の顔近い床に突き刺し、上半身の着物を引ん剥いた。  「日頃、わしを誘惑しておいて、何を今さら拒む」  「……上下逆なら歓迎にござりますが」 少々涙目で頬を赤らめる長門に、義元は強い衝撃を受け目眩を起こしかけた。  「上下逆でも、後ろを差し出すはそちだ」  「!!! 断固拒否致しまするっ」 ──その頃、二人のやり取りなど知りもしない元康は瀬名との逢瀬を佐治に邪魔され、彼と将棋に耽る羽目になっていた。  「天狗殿。先程から何ぞにやついておるが、楽しきことでもあったのか?」  「左様に。きっと愉しかろうと思われまする。いや、羨ましい。拙者はついぞ遂げられませんでしたからなぁ」 少しだけ卑猥な笑みを見せる佐治に元康は怪訝に思いながら王手と詰めば、もう一局とせがまれ何度でも勝ちを得る元康であった。
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