第二章

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けれど、瀬名は悪気もなく言っては、佐治の夕陽に染まる金赤の髪を眩しそうに見つめていた。  「ところで、元康様はどちらへ行かれたのじゃ?」  「さあ。鷹の世話でもなさっておるかと」  「左様か……」 瀬名はふっと息をついて目を細めた。そうして、ゆっくりと直親へと向き直った。  「従兄上、元康様はお戻りにならぬようじゃ」  「左様にござりますか。挨拶しかできませんでしたが……」  「ふふ。元康様は疲れておいでなのじゃ。為益様に絞られたうえ、為良殿に将棋を何局もせがまれたのだからのう」 瀬名がちらりと佐治を見やると、佐治は素知らぬ顔で鼻を鳴らした。  「たまには瀬名姫様とだけでなく、我らと遊ぶのも宜しかろうて」  「我ら?……」 直親が不思議そうに佐治を見つめるが、答えずに彼は踵を返した。そして首だけ此方へ向け軽く笑った。  「直親殿、鬼が出ぬ間に戻りますぞ。いやいや虎かのう」  「……鬼のほうがましでござるな」 直親は軽く吐き捨てるように洩らしながら腰をあげた。  「瀬名姫様、元康様に宜しう。では、お暇致しまする」  「くれぐれも気を付けてたもれ」 瀬名は小さく呟いて直親と佐治が出ていくのを見送った。 やがて不満げに俯き、大きく息をついて無意識のうちに親指を口許へ運び、小さく咥えこんだ。  (従兄上に愚痴を洩らしすぎたかもしれぬ……。盛大に笑われてしもうた。然れど……) 瀬名は押し隠していた不安がじわりと溢れてきていた。
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