第二章

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それを振りきるように瀬名は部屋を出て、もうすぐ夕餉であるから元康も戻ってくるであろうと、台所へ向かった。  「姫様……。膳ならばお運び致しまするのに……」  「ああ、いえ。そなたらの役を奪うわけではないのじゃ。ただ、元康様の──」  「伺っておりまする。夕餉はいらぬと」  「さ、左様か……。ならばよい」 瀬名は取り繕ったような笑みを浮かべて、少しばかり視線をきょろりと漂わせた。その様子に、またしても声を挟まれる。  「お万なら天狗殿の仲間に連れられていかれましたが?」  「さ、左様か……」 同じ頷きを返して、瀬名は足早に自室へと戻った。 そうして、苛々したように座り込むと、再び親指を咥え、今度は爪を噛みだしていた。  (従兄上と話しておったばかりに、元康様の行動が得られなんだ……。夕餉をいらぬなどと、何処ぞで食してくるのじゃ。しかも、為良殿の仲間とは誰ぞ……お万を連れてどうする!) がちりと噛みちぎった爪の欠片に、瀬名は焦ったように懐紙へ吐き出した。不安や苛つきが起こると無意識にしてしまう癖は、なかなか直せず己の嫌悪するところであった。 なかば呆然としたように座り込んで懐紙を見つめていたが、やがて運ばれてきた膳をごく静かに食し、暗闇に包まれる部屋で就寝の床についた。  (元康様がおらぬのは……寂しいものじゃな) 不思議なことに、いつも隣に寝ていた温もりがないと、なかなか寝付けず、余計な不安に駆られた。義元の手前、元康が己を蔑ろにするはずはないと、ただただ自身へ言い聞かせた。
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