第二章

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瀬名が胸中乱すなか──、元康はすっかりと闇に呑まれた山のなかで、佐治の仲間の地蔵こと千賀地の胸ぐらを締め上げていた。  「事と次第によっては、この場で処する!」 怒りに沸いた元康の言動に千賀地は、くくっと喉を鳴らした。そうして、勝ち気な瞳を煌めかせて元康の腕を握り込んだ。  「まあ、落ち着きましょうか」  「落ち着けぬ! わしを殺すつもりであったかっ、否か!!」  「あれしきの毒では死にませぬな」 飄々と言ってのけ、元康の腕をぞんざいに払った。  「斯様な世でござりまするから、毒に馴れるのも宜しかろう、などと狗が申したので」  「…………天狗殿が?」 もう何がしたいのかわからない佐治の行動に、元康は頭をくらくらさせた。 しかし、元康の激怒は、毒を盛られたことよりも他にあった。  「地蔵殿、わしが毒で倒れたとて、お主が介抱すれば済むことであろう。何故、お万にさせた」 低声にひたすら怒りを含ませて、漆黒の瞳を冷たく光らせる元康に、千賀地は面倒臭げに息をついた。  「瀬名姫様のためにござります……と佐治が申しておけと。元康様が岡崎へ滞在されると、瀬名姫様は駿府でお一人待つことになるのだから慣れておけという佐治の考えにて。が、拙者は違う……余計な嫉妬を生むだけかと」  「わかっておるなら乗るな!! そもそも左様なことは忍びが介入すべきことではないっ。わしの瀬名姫に手出しは許さぬ! 否、わしの介抱を訊いておるのだ。はぐらかすな」 瀬名が一人待つ云々よりも、元康が訊きたいのはお万のことであった。
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