第二章

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十日ほどかけて岡崎へ到着した元康は、今川の岡崎城代と挨拶を交わすと、すぐに家臣たちへ労いの言葉をかけた。  「よくぞ、岡崎を守り抜いてくれた。大義である。……いや、ほんに、かたじけのうござる。墓参りという名目の帰城ゆえ、長居はできぬが──」  「いえ、殿! 斯様に迎えることができ重畳にござりまする。殿が正式にお戻りになられるまで、我らは岡崎を守りまする」 鳥居忠吉が涙しながら平伏すので、元康は言葉を失い少しばかり後ろめたくなった。  「鳥居殿……。そなたらの思いは承知致した。必ずや岡崎へ戻るゆえ、それまで、すまぬがよう堪えて頼む」  「はっ。そのお言葉だけで……、まこと嬉しうござります」 鳥居忠吉は顔をあげたのも束の間、また平伏して泣いてしまった。  「鳥居殿、もう泣くな。元忠殿が父上に宜しくと申しておったぞ」  「…………あやつ。殿に対して無礼なことを」 急に目を三角にし、ぶつぶつと独り言のように説教を口にしだした。それを端から見ていた石川康正が適当に宥め、元康へにじり寄った。  「殿、他の倅どもも息災にござりまするかな?」  「もちろんじゃ。数正殿にはよう助けてもらっておるぞ」  「当然にござります。それを役目として駿府に供させたのでござりますから」 きっぱりと物申す口調は、数正と似ており、親子の不思議さに元康は溜め息ひとつこぼした。  「兎にも角にも、家臣あってこそ、わしが生きておれるのだ。面目ないが今後もよう頼む」 そう言って立ち上がり、元康は呟き続ける鳥居忠吉を引っ張って部屋を出た。
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