第二章

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元康退出にあわせて、他の家臣たちも各々の任へ戻っていくなか、石川康正は同じく退出しようとする倅の数正を引き留めた。  「与七郎。殿は随分と駿河かぶれになられたのだのう」  「……。殿は岡崎よりも駿府でお育ちになられたのでござります」  「然れど、あの妙な気品は何ぞ。三河を感じぬ」  「先程も申しましたが、今川義元の影響にござります」 数正は内心、面倒臭く思いながら言った。  「与七郎っ、殿は宗家の当主ぞ! それを……駿河女まで娶とったというではないか」  「瀬名姫様は殿にとって宝。何よりも大切にしておられまする」 数正自身も瀬名には好感を抱いており、守るべき対象であった。  「ふん。気に食わぬ」 石川康正は吐き捨てるように呟いて去っていってしまった。そんな父の背中に不穏なものを感じずにはいられない数正であったが、元康が鳥居忠吉を連れて何処へ向かったのか捜すことにした。  (……忘れておったが、藤林殿と六兵衛もついてきておったはず……何処ぞ?) 不意に思いだして廊下を歩いていると、見慣れた可愛い顔の少年が不貞腐れた様子で此方へ駆け寄ってくる。  (いやはや、六兵衛か。何とも斯様な顔は、藤林殿に邪魔扱いされた時だの) 少しばかり苦笑して迎えると、六兵衛は数正の袖にしがみついた。  「藤林殿は朝から酒盛りしておって、つまらぬっ。元康殿も爺と二人で泣きあっておるし」  「爺……忠吉殿と?」 何ゆえ、元康まで泣く必要があるのだろうか。
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