第二章

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六兵衛に案内され、元康のところへ辿り着いてみれば、成程、忠吉と泣きあっている。  「殿……何を涙しておられるのでござりますか?」 溜め息まじりに数正が問うと、元康は鼻水を啜りながら困り果てた顔を此方へ向けてきた。  「それが……わしのために……城代に隠れて兵糧米や銭を溜め込んでおったというのだ……確かな軍備よ」 だが、わしに何ができる。どうすればよい! 元康の心の叫びが数正には聞こえた。 岡崎には帰りたくないと何度も口にしていただけに、忠臣を目の当たりにして元康の心が揺らいでいる。  「ならば左様に計らえばよいこと」  「数正殿……?」 元康は目を丸くし、忠吉と見合っては数正を凝視した。  「機を逃さぬこと。それだけにて」  「……義元様を裏切れと申すか」  「殿……。馬と鹿を差し上げまする。左様なこと、ひと言も申しておりませぬ」 数正は呆れたように息をついて、六兵衛の首根っこを掴んで歩き出した。  「六兵衛。ここでの話しは何も聞かなかった。よいな」  「……承知。恩は売っておけ、と藤林殿が申しておりましたから」 へらりと六兵衛は笑った。その後ろで元康は微かに青筋を浮き立たせていた。六兵衛の発言よりも数正に貰った『馬と鹿』に腹立たしさを押し隠せなかったのである。 そんな気配を感じとる数正は胸内で、ほくそ笑んだ。  (瀬名姫様を不安にさせた仕返しでござる) 元康の特別視が瀬名のおかげであることは捨て置けない。
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