序章

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 「おやおや、随分な言い様で。氏真 (うじざね) 殿はそこまで愚鈍ではござりませぬでしょう」  「人当たりは……な」  「くく。それが空洞と仰有りまするか。氏真殿に家督を譲ると家臣がついてこぬと?」  「長門。へらへらと楽しそうに申すな。まだ……まだ修正はできる。そうであろう!」 義元は勢いあまって煙管を叩きつけて火種を落とした。と同時に長門の悲鳴があがる。  「殿っ!! 某の煙管に無体なぁ……」  「……煙管ぐらい、新しいのをやる」  「いりませぬ。くださるなら、養育の許可を」 へらりと笑って障子の向こうを指し示した。義元が目をやると、ひょこりと可愛らしい顔をした男児が此方を覗いていた。  「……源氏物語か?」  「左様な嗜みはござりませぬ。あれは六兵衛と申しまして──景高の子にござります。可哀想なので拐かして参りました。柿島の朝倉を出自にしておきましょう。見事に仕込みますから、ご期待を」 つらつらと都合よく述べる彼に、義元は笑いをこらえきれず吐き出した。  「まったく。この館は子守りか」  「ふむ。北条氏康の五男、助五郎。岡崎の竹千代。それらの近習の餓鬼……。ああ、あとは──瀬名姫様がござりましたな」  「瀬名を一緒にするな。あれは可愛らしい」 義元は目許を緩ませて柔らかに笑んだ。 己の側室を養妹にして、家臣の関口氏広に与えて生まれたのが瀬名姫であり、今年に瀬名館から今川館へと引き取ってきたのである。
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