第二章

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清延は怪訝に思いつつ佐治の横に腰をおろしたが、この酒盛りが纏う異様な空気に息苦しさを覚えた。 佐治を叩いた男からは無防備ながら隙もなく、隠しもしない殺気を帯びて、すべてを牽制している。  「猿よ。どこまで行商にゆくのだ? 駿河だとすれば下向した公家なんぞに銭はないぞ」 薄い笑みを浮かべて長門が言う。それに対して猿なる男もにやりと口角をあげる。  「よろしうございますなぁ。栄華なる駿河の城下──。さぞ活気に溢れておるのでしょう」  「豪華絢爛ではあるがのう。して、猿は何を売っておるのだ?」  「天狗。横から入るな。先程から、お主はそればかりではないか……」 口を挟んだ佐治に長門は呆れた。ただ、禿げ鼠と違い猿のほうは、人の良い笑みを浮かべて佐治へ行商の品々を広げて見せた。 飾り気のない黄楊 (つげ) 櫛がずらりと並ぶ。粗悪ではない確かな作りのものばかりであった。  「ほう、よいな。二、三品貰おうか」  「へえ……ありがとうございやす」 猿を押し退けて禿げ鼠が返事をし、佐治とやり取りをする。途端、猿はむっとした表情となり、立ち上がったかと思うと禿げ鼠の行李を遠くへ投げ飛ばした。  「酒盛りは終わりだ。邪魔な禿げ鼠めっ」  「猿!! わしの針を投げることはなかろうっ」  「ふん。ただの錆びた糞針であろうが」 ぷいっとそっぽを向いて、佐治へ櫛を渡し銭を貰い受けると、禿げ鼠を蹴飛ばして駿河とは逆の方向へ歩き出して行ってしまう。その後を 「待ていっ、猿~!」 と声をあげながら禿げ鼠が追いかけていった。
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