第二章

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連れ出された元康は、小さな鷹小屋を前に、少しばかり訝しげに忠世を見やった。  「何ゆえ、突然に鷹狩りと申した」  「お嫌いにござりまするか? ふふ。左様な筈はござりませぬな。数正からの報告は受けておりますし」  「……わしは何処の人質であるのかのう」  「はて。岡崎松平から出された質にござりますが? お忘れとは嘆かわしい。殿は岡崎にて三河掌握を果たし、さらには、その先の高みへと臨んでいただかねばなりませぬ」 忠世の低く静かな口ぶりに、元康はすっと目を細くすがめた。岡崎らしい田舎武士の考えだと思った。高みとは何なのか。三河以外にあちこち戦を吹っ掛けていく頭の狂ったことをやれとでも言うのか。  「漠然としておるな。然りとて庭にある古い株はどう削ぐかのう……」 元康は面白そうに忠世をちらと見やり、切り返しを待った。 だが忠世は答えず、ただ鷹小屋の鷹だけを見つめている。目の前の鷹は幾度か羽ばたきし低い唸り声をあげていた。 元康も飽くことなく鷹を眺めていたが、ふと背後に気配を感じ振り返った。質素な身なりの男が首を傾げ、やや目を丸くして立っている。  「忠世殿。鷹狩りの時分ではござりませぬぞ。それに、その鷹はまだ躾ておる最中でして──」 言いながら男は、派手な装いの元康と目がぶつかり咄嗟に俯いた。この見かけぬ少年はいったい誰なのだろう。  「ふん、正信はまだ知らなんだか。岡崎松平当主の元康様にござる」 忠世は顔をしかめて、質素な男──鷹匠の本多正信に言った。
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