第二章

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正信は唖然とした。若き当主にとって岡崎と今川の板挟みは、苦しきことであり同情の念を禁じ得ない、と此方が揺らぐ言葉を期待したのだが。別の意で岡崎衆が奮起しそうであった。  (岡崎を面倒と宣い、挙げ句、捨て城とは……斯様な御方では、きっとこの先、岡崎の先は明るくない) 正信がうわの空で思いをめぐらせていると、愉快な笑い声が響いた。元康が身を捩って笑っている。  「まったく、可笑しな奴じゃ。わしが岡崎をどう思おうと、義元様の采配しだいよ」 軽快に言った元康は、急に胡散臭いほどの真面目な顔をして空を仰いだ。  「……然れど辛酸を舐めておるは岡崎の者たちよのう。だが、わしが今川で役立たねば岡崎は手に入るまいて。ふん、古株はどう取り除くか、根が深かろうなぁ」 そう言って元康は忠世を見据えた。馬の件は進めよと。岡崎には都合よく動いてもらわねばならない。諫言したければいくらでも聞いてやる。  (そのうち、わしに忠実な者を残すだけよ──) 正信に流し目をくれて、にやりと笑う元康は踵を返し軽やかに去っていった。 呆然とする正信は、ぽかんと開きそうになる口を引き結んで、忠世を見やった。彼は微かに苦笑して頷いている。  「正信よ。居は気を移すと申しておったが、まさしく殿は如何様にも染めやすく染まりやすい。ゆえに手強い」 忠世は皮肉っぽくぼやいて見せ、溜め息をついた。  「左様なれど、某には少々不快にござりまするな」 正信は正直に述べ、鷹小屋の前から忠世を追い払った。
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