プロローグ 「あるのに見えず、ないのに見える」

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なお悪い。再び嘆息する菖蒲の横でログアウトのコマンドを唱えると、恵流の視界は一面真っ黒に染まった。 寸刻の間に校庭の喧騒は遠退き、万全の静音機構によって最大限抑えられている僅かな機械の駆動音と、精密な機械の為か薄着ではやや肌寒さを覚える18℃に保たれた内部温度が、恵流に現実を知覚させる。 十秒にも満たない時間で感覚をクールダウンさせる行程を終えると、圧縮されたエアが抜ける気の抜けた音と共に前方のハッチが開き、麗らかな秋の陽光が差し込んだ。 急激な変化に目が眩む。 恵流は右手でひさしを作りつつ身体を起こしてポッド――肉体乖離型拡張装置、通称がポッド――を出ると、ちょうど両隣からも同じような処理を経て装置から排出された者達が居た。 一瞥しただけで協力者の方への関心はなくなり、恵流はもう一方で仲良く自分を睨んでいる男女の元へ向かう。 「俺はもう用無しだから相手にしないって事か、全く」 菖蒲も、その後に続く。 仮想空間での出来事とは言え、菖蒲に斬られた衝撃が抜けずに心臓の辺りを押さえて腰を抜かしている女生徒を見下ろす形で、恵流は蔑んだ目を向ける。 「僕の勝ちだね」 敗者に対する勝者の態度として間違ってはいないのだが、その言葉は二人の自尊心を的確に煽り、恵流に刺さる眼光が一層の険しさを帯びた。 女生徒を介抱していた男子生徒が胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで恵流の正面に立ちはだかる。 しかし恵流は微塵も動じない。 「俺達はお前に負けたわけじゃない! 学内序列6位の鶴来先輩が居なければ、お前なんて――」 「え、二対一で戦えば勝てたってこと? そりゃね、数の利があれば普通は勝てるよね。あっ、ごめん。二人は菖蒲一人に負けたようなものだったっけ」 嘲笑。まったく、ほとんど、しゅうし、攻撃らしい攻撃をしてもいないのに恵流は格上風を吹かせる。 「お前とサシで戦ってれば、俺が勝ったに決まってるって意味だ!! 学内序列1201位、最下位の男に二桁台の俺が負ける理由が無い」 男子生徒がしかつめらしく言っている学内序列と言うのは、この学園の特殊な環境で行われているとあるゲームの強さの基準として浸透しているものだ。 新聞部が独自の調査結果とほんの少しの偏見で、エフェクトの強度を最たる指針に順位を付けており、その内容は多少の誤差や相性の問題で上下する事はあっても、生徒達には概ね正しい評価であると認知されている。
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