一途な執着

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「そうか。なら、堕ちずに待てよ」 「あなたは優しいね」  驚きに目を見開いた彼女は、右手を持ち上げる。指先の爪が伸びていることに溜息が零れ落ちた。 「情けないでしょ?」 「別に情けないとは思わない。どれほど相手の幸せを望もうと、側にいたいと思うなら心はどこかで嫉妬する」 「本心から願っているのに?」 「願っていても、無意識に思う。自分が幸せにしたくなるし、笑顔にさせたくなるものだろう」 「ふふ、確かに彼の側にいたいし、一緒に笑い合いたかった。誰よりも近くで支えたいと思った」  だからこそ、彼と出会った時の姿をしている。過去に縋りつくように、少女の姿で待ち続けた。  どれくらい待ったのか、本人にもわからない。ただ掠れていく記憶と褪せていく思い出が時間の経過を示している。朽ちていく写真を抱え込むことはできず、眺めては記憶を掘り起こした。 「川を――渡ろうか迷ったこともあるの。でも、彼の泣き顔が浮かんでくる。約束が響くの」 「厄介な性格だな」 「自分でもそう思う」 「そうか。だが、それも今日までだ」 「え……ま、待って! まだ私は彼を待っていたい」  恐れるように後ずさった。川の渡しを務める男は、裁く権利はないが堕ちてしまう前に斬ることができる。斬られた者は、罪が重くなるか。最悪の場合、消滅してしまう。  待つことを許されたのは、歪まずにいれたからだ。生きている相手に害を与えないからこそ、見逃されてきた。  しかし、年月は本人の意思とは関係なく綻びを生む。まだ悪影響を及ぼしてはいないが、赤く伸びた爪は誰かを傷つける鋭さを持つ。堕ちたら、悪鬼になる証拠だ。その兆しが会話を続けている間もゆっくり進んでいた。
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