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マイナンバー開始になって、一ヶ月が経っても俺の元へ通知カードが届かなかった。毎日、そのニュースで持ちきりだったが、ようやく今日、ポストに通知カードが投函されていた。
こういうのって、手渡しされるんじゃなかったのか。あれほど問題になっていたにも関わらずこの体たらく。ここのアパートは集合ポストなので、案の定、別の世帯の物が誤配達されていた。
やれやれと思い、俺は表の住所を確認し、正しい部屋の番号のポストに入れようとしたところに、偶然、その住人が通りかかった。こういう大世帯のアパートでは、住人の顔を知らないというのも珍しくなく、俺は初めて見るその女性の美しさに目を奪われた。
「あの、うちのポストに間違って入ってました。」
そう言い手渡すと、その女性は花のように笑った。
「まあ、ご親切に。ありがとうございます。」
女性が動くたびにふんわりと良い匂いが漂った。
エレベーターに一緒に乗り、少しだけ世間話をし、彼女より俺のほうが下の階だったので先に降り、俺はエレベーターの行く末を見守った。彼女は俺の階より一階上の階で降りたようだ。このアパートは、エレベーターホールを挟んでコの字型で向き合っており、どうやら、彼女は俺とは対面のB棟に住んでいるらしい。一目惚れだった。だが、あのマイナンバーの通知に書いてあったのは、男の名前。おそらく彼女の夫だろう。そう、彼女は既婚者だ。そうわかっていても、その日から彼女の姿ばかり探していた。一階上の階に行って、彼女の部屋も確認した。
俺は一ヶ月前仕事を辞めて、無職で暇を持て余していた。もちろんハローワークにも通ったがなかなか仕事が見つからない。本当は、小説家になりたかった。何度かコンテストにも応募したが、全く箸にも棒にも掛からない。そんなに甘い世界ではなかった。そんな俺が尊敬して止まない、ブロガーが居た。それは、俺の好きなホラー小説ばかり書いている人のブログで、SNSでその人のフォロワーにもなった。俺は、職探しの合間に、そのブログを読み、自分でもヘタクソな小説を書いていた。よく考えれば夢見がちな愚か者だ。
人妻に恋したり、そんなものを書いている場合じゃないだろう。人生のピンチだっていうのに。俺は溜息混じりに、ハロワに向かうため駅へと自転車を走らせた。こんな偶然があって良いのだろうか。なんと、彼女が駅前のロータリーで何かを待っている。
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