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「出るって?何が?」
「出るんですよ。幽霊が。お客様、どこかで拾ってこられませんでしたか?」
荒唐無稽な話に反論しようと思ったが、声が出ない。
私は、携帯電話を握ったまま固まってしまった。体が動かない。何故?
「ホント、困るんですよねえ。勝手にあんな所に行かれちゃあ。」
だんだんと話がおかしなことになってきた。声が出ない。
「あなた方みたいな、ふざけた輩があそこに来るから、皆静かに眠れないでしょう?」
口が空気を肺に満たそうとパクパクするばかり。
「俺の家族は助かったんですよ。あのキノコは毒があると、俺が知っていたから。だから家族に食べるなって言ったんですよ。」
何の話だ。
「でもねえ。まさか、あのキノコを採ってきて、朝市の棚に紛れ込ませたのがうちの嫁だったとはねえ。」
あの都市伝説の話に似てる。
「嫁はあの自治会のやつらを逆恨みしていたからねえ。」
電話を切ることが出来ない。
「嫁にはね、好きな男が出来たらしくて、俺が邪魔だったってわけさあ。一度、動物の罠に猿が捕まってたことがあってさ。猿で実験してたわけさ。毒の効果をね。捕まった猿があくる日泡吹いて倒れて死んでて、おかしいなって思ったんだよねえ。ベランダでね、密かに育ててたみたいなんだよね。毒草をね。それを朝食のヨーグルトに混ぜ込んでくるとは思わなくてねえ。」
最後の家で見た、真新しいヨーグルトの容器が頭に浮かんだ。
「浮気はダメだよ、奥さん。」
その声は、携帯電話からではなく、逆の耳元で囁かれた。
私はそのまま気を失った。
気がつくと、私の顔を夫が覗きこんでいた。
「大丈夫か?具合が悪いのか?」
そう言いながら、夫が私に毛布を掛けて来た。
私はソファーの上に倒れていたようだ。
「今日はゆっくりしてろ。俺が飯を作るから。」
私は、夫に申し訳なくて、密かに毛布の中で泣いた。
あれからタカポンには一切連絡を取っていないし、アドレスも消した。
我が家にマイナンバーの通知が届いた。
封をあけると、二人の名前とナンバーが印字されており、つくづく夫婦の幸せを感じた。
今回のことで、私は本当に必要な人が誰かわかったのだ。
「ずっと一緒だね。」
私がそう言い、夫に微笑むと夫は悲しそうな顔をした。
「そうも行かないんだ。」
そう言って立ち上がると、私の目の前には、夫の署名と印鑑が押された離婚届が差し出されたのだ。
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