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朝食を終えると、僕たちは小さなソファに肩を寄せ合って何となくテレビを眺めていた。
本当に、眺めているだけ。僕に関しては。テレビの内容よりも、寧ろ隣に座る彼女から漂う香りの方がよっぽど気になる。僕と同じシャンプーを使っているはずなのに、どうして彼女の髪はこんなにも甘い香りがするのだろう。不思議でならない。その香りに包まれている内に、何だかうつらうつらとしてきてもう少しで瞼を閉じようとした時、唐突に彼女が口を開いた。
「……ねぇ。いつになったら、私を殺してくれるの」
その言葉に脳が一瞬で覚醒する。たった今感じていたはずの眠気が幻のようだ。彼女の顔を見つめると、彼女は硝子玉のように澄んだ眼差しで僕のことをじっと見ていた。
――耳の奥で雨の降りしきる音が聞こえる。
一年前、雨の降っていたその日、彼女は桟橋の上で傘も差さずに一人ぽつんと佇んでいた。その目はじっと桟橋の下、轟々とした川の濁流を眺めていて、このまま身投げする気なんじゃないのかと不安になった僕は思わず足を止めた。だけどこれが僕の勘違いで、声を掛けて迷惑がられたらと思うとなかなか実行に移せずにいた。
そのまま一体何分立ち竦んでいただろう。一向に動かない彼女と雨水を滴らせるその白い肌に、僕は勇気を振り絞って彼女にずっと僕が差していた傘を差し出した。
彼女の視線が、徐に僕の顔を見つめる。その目はとても澄んでいて美しいけれど、次の瞬間には壊れてしまうんじゃないかと恐ろしさを感じせる、まるで硝子玉のような目をしていて、僕は思わず息を呑んだ。
「……自殺する気なんですか」
とても露骨で不躾で、普段の僕ならとても口に出来ないような言葉がするりと喉から滑り飛び出す。だけど彼女はそんな僕に憤慨する様子もなく、ただただ僕の目を覗き込んでいた。
だから、きっと僕は、幻想の中にでもいるんだと思ったんだ。僕は気が付くと、こう口走っていた。
「だったら、貴女の命を僕にくれませんか」
――僕が、貴女を殺してあげるから。
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