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「ねぇ。……殺してくれないの?」
再び彼女に問われ、あの雨の日の記憶へと思いを馳せていた僕の意識は狭いワンルームの中へと引き戻される。
「……まだ、殺さない」
心臓を抉られるような痛みに心の中では顔を歪めながら、だけど表面ではせめてもの無表情を貫きながら僕は答える。心の片隅で、どこかそんな日が来ないことを願いながら。
「そう……」
彼女はそんな僕の肩に頭を載せてもたれ掛かると、幸せそうな笑顔を浮かべて呟いた。
「いいよ。……ずっと待ってるから」
がちゃんっ、と。南京錠の閉められる音が僕の頭の中に鳴り響く。冷たく固い鉄の鎖が、僕を雁字搦めにして捕らえる。
『ずっと待ってるから』
いつ彼女を殺すのかと、その問いに対し曖昧な言葉で僕が逃れようとする度に、いつも彼女はその言葉を口にする。いつまでも逃げ仰せると思うなよ、と。そう僕に念を押すように。
なぜあの時、あんなことを言ってしまったのか。何度も何度も後悔した。だけど、あの時もし、あの言葉を口にしていなかったら、ひょっとすると彼女はここにいないかもしれない。そう考えると、それはそれで恐ろしいのだ。
……こうしている間も、彼女は僕が彼女を殺すその時を待っている。
きっと、僕はいつか彼女を殺すだろう。彼女がそれを望んでいる限り。だってそれが、彼女が僕の隣に居てくれる理由だから。だけど、それが果たしていつになるのかは……僕にもまだ、分からない。
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