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「くっそ…一体何時の間に……。」
桐谷はレジェンドルビーが盗まれたことが分かると悔しそうな顔でそう呟いた。
作戦は完璧な筈だったのだ。
何故なら今回はチャップリンが天井から来るであろうことが分かっていた。そして通路、逃げ道が一本しかなく、あとは非常扉だけという完璧に密室となる筈だった警官の包囲網が、暗闇の中どうしてか簡単に突破されレジェンドルビーも盗まれたのだ。
美術館の館長にもこっぴどく怒鳴られ、これからまた警部にも激怒されるのだろう。気が滅入る。
しかし部下達はいつもこんな頼りない自分に頭を下げ自分を慰めてくれる。なんと良い部下達だろう。
桐谷は思った。チャップリンを捕まえられる奴なんてこの世にはいない、と。
そして桐谷は夜空に浮かぶ満月を仰ぎ見た。
今ごろあいつはどこで何をしているんだろうか。
寂しい後ろ姿を見せながら、刑事と警官達は美術館から去っていった。
そして事実、この世にはもうチャップリンを捕まえられる者は存在しない。
何故なら……。
彼はこの世にはもう、いないのだから。
―――――――――――――――――――――
目を開けるとまず夜空が映った。どうやら仰向けで倒れていたらしい。どれくらいの間こうしていたのだろうか…。そして、早くこの場を離れなければ。
そう思い、空に浮かぶ透き通った蒼色の月なんかは無視して立ち上がった。
そして彼はもう一度目を閉じ頭を振ってため息をついた。
いや、きっと疲れてるだけだ。さっきも何故か目の前が歪んで見えていたし、異世界なんてもんがあるなら、喜んで行ってやるとは言ったが、まさかあるとは思わないじゃないですか、なんて誰にでもなく心の中でそう必死に言葉を続ける。
そして再び目を開けて、彼は観念した。
「異世界……ですよねー。」
目の前には広大な花畑。しかし、咲いている花は全てネオンのように光を放っている。色とりどりの光を放つ花達は風に吹かれると胞子だろうか、それさえも光を放ちながら風に運ばれていく。
そして少し離れたところには西洋風の城と、その近辺の光源は城下町、なのだろうか。
彼がいた世界には、光る花なんてないし、まして月は蒼色ではない。しかもたった今頭上を神話に出てくるようなドラゴンが優雅に飛び去っていった。
彼はというと…
先程とは違い目を輝かせていたのだった。
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