油断と焦り

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「……どなたですか?」 「あ、俺! 驚いただろ! 頼みこんで早抜けさせてもらったんだ」 「……どなたですか?」 チェーンをかけたまま玄関を開けたレナは静かに同じ台詞を繰り返す。 「えっ……」 「ふふっ……。運転中は携帯操作しちゃ駄目って言ったよね?」 そう言われて自分がレナに送ったメッセージを確認する。 “いまアキずっとまってるからすぐそっちいく” ハンドル片手に送ったメッセージは紛らわしく打ち間違え、誤字っていた。 『いま行く。(レナが)ずっと待ってるからすぐそっちいく』 こう打つつもりが、彼女の理解が足りなければ他の女に会いに行くようにも見える。 レナが、俺を信じて理解してくれた事を嬉しく思い、そして、レナの誕生日に久々のおうちデートを楽しんだ。 そして、翌日。 上司の訃報を聞いた。 俺が早抜けした事で残った仕事を肩代わりしてくれたらしい。 しかし、上司にも予定が有ったらしい。 俺みたいに運転中に妻へメールを送ろうとして事故に遭い帰らぬ人となった。 三十回目の結婚記念日だったそうだ。 日付が変わる前に伝えたかったらしく、未送信メールには感謝の言葉が並んでいた、と後日知った。 それを知った田中は、責任を感じて会社をやめた。 俺も責任は感じる。それでも辞められなかった。 上司であり社長であったカトウさんの会社を守るために。 下っ端社員の俺が社長と直接話せるような小さな会社だけど。 ──── 「今日も遅くなりそう?」 「ああ。先に寝ててくれていいから」 「はい。行ってらっしゃい」 「行ってきます」 ~~~ 「さて、今日も一日お疲れさん」 「課長、今日は定時帰りですか?」 「ああ、結婚記念日なんだ」 「仲良いですね~。結婚して何年でしたっけ?」 「今日で三十年かな」 「記念日ってやっぱり覚えてるもんなんですかね……」 「まあ……恩師の命日だしな」 ──── カトウさんが亡くなって数年後。 俺は、レナと結婚した。 転職もせず働き続けて幸せに暮らしてる。 出世は出来なかったが、小さいながらも会社は存続しているし後悔はしてない。 「じゃ、お先~」 「あ、課長、ちょっとだけ……」 「悪い。今日は帰るわ。 妻が ずっと待ってるから」
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