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後ろには、勿論。
彼女の待っていた彼は、いない。
いるのは、死を迎えにきた人のみ。
僕が振り返ると、死を迎えにきた人が困ったように苦笑している。
どうやら、この死を迎えに来た人は。
感情が豊からしい。
感情が豊かであるということは、かなりベテランの使者のよう。
「わたしを早く、彼の元に連れてって」
彼女の願いは、簡単だった。
死を迎えに来た人は、僕に軽く頭を下げて。
彼女をお姫様のように、大切に抱き上げる。
すんなりと、片手で闇に包まれた道を作り出し。
まっすぐ、歩いていく。
彼女はチラリ、と僕をみて。
初めて。
花が咲くような、笑顔を向けてくれた。
彼女の笑顔は、彼の人の生涯の中で、幾度となく映し出した笑顔で。
僕は、心のどこかで安心する。
【ありがとう】
そんな言葉をくれたけれど。
実際、僕は何もしていない。
今はただ、彼女が彼の元へ訪れることだけれど。
彼女ならきっと大丈夫。
母は強いというし。
僕は微かに口元を緩め、鳴り始めた携帯電話を出ながら。
帰路についた。
END
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