小説の書き方を、教えます

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 慌てて彼女の前から離れようとしたが、たたらを踏んで本を落としてしまった。  流麗なサインのある本を拾おうとして、白いスニーカーに黒いソックスが眼に映った──わたしのだ。  それとは対照的に、細い足にルブタンの赤いヒールが向こうに見えた──六分儀恭子のだ。  ──くすくす──と笑う声が、頭の上で騒めいていた。  視界が白くなるほどの羞恥に震えながら、わたしは駆け足で外に飛び出した。  駅まで走って、トイレに駆け込む。  そのままゴミ箱に本を捨て、まだ彼女の体温が残る手を冷たい水でこするように洗った。 「あの女に逢ったら、訊くはずだったのに……」  三つ編みで眼鏡をかけた女が、目の前の鏡に映っていた。睡眠不足で真っ赤に血走った眼が、羞恥と屈辱の焔に燃えていた。  六分儀恭子──本名は岡田寛子で、高校では同級生であった。  わたしは図書委員長だった。  それで官能小説大好きな妄想娘だったらラノベの題材にもなろうが、あいにくと私小説家志望の純粋無欠な文学少女だった。  そこに同じ学年の寛子が入ってきた。寛子も本好きで童話作家志望。二人はすぐに意気投合した。  わたしは図書貸出冊数が全校トップで、雑学や小説に詳しかった。  逆に寛子はただの好きという範疇で、わたしが小説の背景とか歴史を教えてあげていた。
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