小説の書き方を、教えます

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「町子はきっと、小説家になる人だよね」寛子が言った。 「わたしが先に小説家になるよ。寛子が小説家になるまで、ずっと待ってるからね」  わたしは自信満々で約束した──  それなのに──いつの間にか寛子は作家デビューしていた。 「百年に一人の天才作家、六分儀恭子デビュー!!」  大手出版社の新人賞を受賞した新人作家にしては、いかにも大仰な宣伝文句が癪に触った。  出版社のいつもの煽り文句だと冷笑していたが、その著者写真を見て驚いた。それは同級だった寛子だったからだ。  高校から美人でとおっていた寛子なので、どうせ顔だけで選ばれたのだろうとタカを括っていた。  それが彼女のデビュー作『月、果つる地のリルラ』を読んで、わずかな自信は脆くも崩れ去った。  文学音痴を嘲笑うつもりで1ページを覗いたが最後、寝る間も惜しんで読了してしまった。  それもページを涙で濡らしながら、文字通り涸れるまで貪るように読んだ。  六分儀恭子が「涙溺系」と呼ばれる所以を理解した。  読む者を揺さぶるようなストーリーに、心の襞を撫でる心情表現、悲哀に満ちた登場人物のセリフが脳細胞を灼くのだ。  ともすれば破綻しかねない物語なのに、不思議とそれが読む者の心を躍らせる。  「百年に一人の天才作家」の看板に偽りなし。  往年の文豪でさえ、これほど奔放な文章表現は無理であろう。デビュー作にしてすでに、確固たる独自の文体を築いていた。
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