小説の書き方を、教えます

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 その戦争で夫を亡くし、病弱の子供まで天に召されようとした時、再び不思議な音楽が甦ったのだ。  それは天から降る花の音で、綺羅綺羅ときらびやかな音を立てて舞い散る、死者を送るための音楽だった。  花に埋もれた子供を、天から夫が舞い降りて抱き上げるのを、わたしは涙を流しながら見ていた──。  その夢から醒めた時、まだ指には子供の涙の粒子が残っているようだった。  舞い散る花の芳香も、琴線を揺らす音楽も、きらびやかな光の瞬きも、すべてが脳裏に刻み込まれていた。  涙が止めどなく流れて、胸で高鳴る心臓が、それが現実であることを告げていた。  ──それから毎晩、鮮明な夢を見るようになった。  ある時は亡国の皇女であったり、ある時は南米の古代遺跡を探検する美女であったり、またある時は日本を南北に分断された未来のスパイだったりと、日によって見る夢は様々であった。  だが見る夢はことごとく強烈に鮮明で、虚(うつせ)の物語だがいつまでも忘れないのが特徴だった。  あの『岡田建文 文学日記』は呪われた書だった。  文学を志す者を悪夢へと誘う夢魔の書だ。  そんな強烈な夢を見続けると、人はどうなるのか?   一日ごとに一生分の記憶が詰め込まれると、人はどうなってしまうのか? 「お願い……この地獄から救って……」  わたしは懇願した。  その血走った眼と同じ色をした、赤いヒールを履いた六分儀恭子に教えを請うた。
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