8人が本棚に入れています
本棚に追加
その戦争で夫を亡くし、病弱の子供まで天に召されようとした時、再び不思議な音楽が甦ったのだ。
それは天から降る花の音で、綺羅綺羅ときらびやかな音を立てて舞い散る、死者を送るための音楽だった。
花に埋もれた子供を、天から夫が舞い降りて抱き上げるのを、わたしは涙を流しながら見ていた──。
その夢から醒めた時、まだ指には子供の涙の粒子が残っているようだった。
舞い散る花の芳香も、琴線を揺らす音楽も、きらびやかな光の瞬きも、すべてが脳裏に刻み込まれていた。
涙が止めどなく流れて、胸で高鳴る心臓が、それが現実であることを告げていた。
──それから毎晩、鮮明な夢を見るようになった。
ある時は亡国の皇女であったり、ある時は南米の古代遺跡を探検する美女であったり、またある時は日本を南北に分断された未来のスパイだったりと、日によって見る夢は様々であった。
だが見る夢はことごとく強烈に鮮明で、虚(うつせ)の物語だがいつまでも忘れないのが特徴だった。
あの『岡田建文 文学日記』は呪われた書だった。
文学を志す者を悪夢へと誘う夢魔の書だ。
そんな強烈な夢を見続けると、人はどうなるのか?
一日ごとに一生分の記憶が詰め込まれると、人はどうなってしまうのか?
「お願い……この地獄から救って……」
わたしは懇願した。
その血走った眼と同じ色をした、赤いヒールを履いた六分儀恭子に教えを請うた。
最初のコメントを投稿しよう!