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小説の書き方を、教えます
──彼女に逢ったら、秘密を訊くんだ!
さんざめく人の列に並びながら、わたしは順番を待っていた。
もうすぐ、六分儀恭子に逢えるのだ。その緊張で、可笑しいくらいに胸が高鳴った。
「次の方、どうぞ」
次の次の番になった。前の人の肩越しに、六分儀恭子の端正な顔がチラついていた。
「先生の大ファンですぅ。ずっと応援してぇますから」
前の人のうわずった声が、わたしの劣等感をさわりと煽った。
「次の方、どうぞ」
そう言われて、わたしは六分儀恭子の前に立った。
「……ひ、久しぶりね」はからずも、声がうわずった。
「……町子……高校で同級だった町子ね」
直木○○○賞を受賞した美人新人作家、六分儀恭子がなごやかな声で応じた。
「わ、わたしは──」
「嬉しいわ。あたしのファンでいてくれたのね」
六分儀恭子が大きな眼を細めながら、すっと手を差し伸べる。それが握手の意味だと判るのに、およそ3秒を要した。
「わたしは、あなたに──」
なよやかな細い手を握りながら、もつれる舌でそれだけを言うのが精一杯だった。
「六分儀先生、次の方がお待ちですから」
担当者に耳打ちされた彼女がさっと手を離して、慣れた手つきで本にサインを走らせた。
そして、無機質な笑顔でわたしを照らした。その輝く瞳にはもう、目の前の惨めな女の姿は映っていなかった。
「あ、あ、ありがとう…ございました」
羞恥に震えながら、やっと他人行儀な言葉が口から出た。
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