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「名前を教えろ」
「声を出せ」
「返事をしろ」
「私に応じろ」
途中からは質問ではなく、声は、俺をなじりながらの命令になっていた。
何度も何度も、罵るように『答えろ』と言われる。その口調が強まれば強まる程、クロの前足にも力がこもる。
「答えろぉぉぉ!!!」
声と気配が近づいた。そう思った瞬間クロが俺から離れた。
闇の中に、それだけははっきりと見える黒猫の姿が舞う。
唸り声一つなく、クロが暗闇を引っ掻いた。
室内の空気が波打つように揺れる。それが収まると同時にクロが俺の側へ戻って来た。
夏なのに、何だかすっか体が冷えていた。そんな俺の傍らにクロが寄り添ってくれる。その温かさに安堵を覚え、俺は再び眠りに落ちた。
* * *
翌日、両親や祖父母にこのことを話したら、みんな、寝惚けて夢でも見たのだろうと笑った。
でも俺には、あれが夢だったとは思えない。
昨夜、確かに部屋には何かが来ていた。俺に返事をさせようと…あるいは声を出させようとしていた。それをクロが防いでくれた。
もしクロがいなかったら、俺はあの何ものかの質問に返事をしていただろう。そうしたら、いったいどうなっていただろうか。
「にゃあん」
考え込む俺の側へクロが寄って来る。その鳴き声が、『もう大丈夫』と言っているように聞こえて、俺は、ありがとうとつぶやきながらクロの頭を撫でた。
答えるな…完
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