またこの季節がやって来た

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「ひぃじいちゃん、神輿が来たよ!」 ひ孫のタクヤが表通りから息を弾ませながら駆け込んで来た。 「どこのや?」 「赤鬼がいたからマサキさんやと思う!」 タクヤが物心ついた時から、曽祖父はこの祭りを楽しみにしている。 彼の人生そのものだと言っても間違いないだろう。 とは言え、もう九十歳を過ぎた身体は、曽祖父の気持ちに素直に応えてはくれなかった。 「車いす、押そうか?」 「いや、ここで良い」 「ここだと、お神輿、見えへんよ!」 「ええんや。ここで……」 小さな駅舎が街のシンボルとなるほど、タクヤの生まれ育った町は小さい。 人口も一万人を少し超えたほどだ。 町長を務めているのは、二軒隣の床屋の旦那で、その息子ケイスケはタクヤの大親友でもあった。 「赤鬼や。赤鬼やでじいちゃん!」 「掛け声で分かるがな」 目をつぶり、表から漏れ聞こえてくる男たちの活気に曽祖父は若かりし頃の自分を重ねているのだろう。 遠くなった耳で、何かを感じ取っていた。 わずか一万人足らずの町に、八基の神輿が大切につけ継がれてきた。 そして一基ごとに、五穀豊穣、家内安全と意味が託されている。 「タクヤ、神輿が来たぞ!」 掛け声を聞きつけ、ケイスケがやって来た。 「わかっている。今、マサキさんのとこやった」 「赤鬼の面を付けてたもんな。見に行こう!」 「嗚呼、うん。ひぃじいちゃん、行ってくるよ!」 この町で生まれた男児にとって、神輿を担ぐことは何よりの憧れである。 もちろんタクヤやケイスケにとっても変わりなかった。 「人がいっぱいで前に進めんわ!」 近隣からの見物客で、町は人口の十倍もの人で埋め尽くされる。 「タクヤ。兄ちゃんやで!」 「ホンマや!」 大人の作る人ごみのすき間からケイスケの兄を見つけた。 中学生になれば川向かいにある隣町まで通うことになる。高校生のケイスケの兄は、さらに山を越えた町で下宿生活をしている。 祭り時の活気とは裏腹で、十代後半を過ぎた若者の多くがこの町を離れてしまうのだ。 一度、都会の住みやすさを知れば、何もないこの町に戻ってくるのは容易なことではなかった。 特に神輿を担ぐことが許されない娘たちの姿をここで見ることは珍しくもあった。
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