第1章

6/6
前へ
/6ページ
次へ
そこへ、砂場で遊んでいた幼い少女が、俺のそんな様子に気づいたのか、おそるおそる近づいて来て、声を掛けた。 おじちゃん、泣いてるの? 誰かにいじめられたの? あたしもいじめられるけどもう泣かないよ。 だって泣いてばっかりいたら、目がうさぎさんにはみたいに赤くなっちゃうんだよ。 だからハイ。 幼女は、お腹のポケットから、ハンカチを取り出して寄こした。 俺は思わず手に取った。 その鮮やかな黄色いハンカチを。 震える手でハンカチを広げてみると、 たけもとさちこ と、ネームが刺繍で縫いこまれている。 君はさっちゃんって言うのかい? うん! さっちゃん、ママは? ママはね、あっち! 少女が指を差した方角を見ると、少し離れたところに、彼女がその場に立ち尽くしていた。 コウちゃん、お帰りなさい。 少しやつれてはいるものの、愛する妻がやはりあの時の様に涙声でそう言った。 彼女は俺を、ずっと待ってくれていた。 俺は、ふたりを抱き寄せると、もう二度と離さないと心に誓った。もう二度と! 13階段を登りきり、目隠しの布を頭から被せられ、首に紐が掛けられると、やがて足元の床が抜け落ちた。 ほんの束の間、こんな一炊の夢を走馬灯のように俺は見ていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加