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そこへ、砂場で遊んでいた幼い少女が、俺のそんな様子に気づいたのか、おそるおそる近づいて来て、声を掛けた。
おじちゃん、泣いてるの?
誰かにいじめられたの?
あたしもいじめられるけどもう泣かないよ。
だって泣いてばっかりいたら、目がうさぎさんにはみたいに赤くなっちゃうんだよ。
だからハイ。
幼女は、お腹のポケットから、ハンカチを取り出して寄こした。
俺は思わず手に取った。
その鮮やかな黄色いハンカチを。
震える手でハンカチを広げてみると、
たけもとさちこ
と、ネームが刺繍で縫いこまれている。
君はさっちゃんって言うのかい?
うん!
さっちゃん、ママは?
ママはね、あっち!
少女が指を差した方角を見ると、少し離れたところに、彼女がその場に立ち尽くしていた。
コウちゃん、お帰りなさい。
少しやつれてはいるものの、愛する妻がやはりあの時の様に涙声でそう言った。
彼女は俺を、ずっと待ってくれていた。
俺は、ふたりを抱き寄せると、もう二度と離さないと心に誓った。もう二度と!
13階段を登りきり、目隠しの布を頭から被せられ、首に紐が掛けられると、やがて足元の床が抜け落ちた。
ほんの束の間、こんな一炊の夢を走馬灯のように俺は見ていた。
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