(1)旧式巡回車は西北西へとひた走る

22/22
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
女の人より速く、長い距離を走れたのよ、あの頃はまだ、若かったしね。  そうして、難を逃れたわたしは赤ちゃんを抱え、はたと考え込んだ。この子を、一体どこでどんなふうに、誰から預かったのだったか。まるで覚えていなくて、驚いたし、焦ったわ。  実感として思い出せたのは、赤ちゃんのほうがわたしの腕の中に飛び込んできたような、不思議な感じだった。あるいは、誰かが咄嗟にわたしを選び、託してくれたような。わたしって特に信心深いほうじゃないけど、あのときはすんなりと、そんな考えが浮かんだのよ。  そんなわけで、とりあえずはこの赤ちゃんがどこの誰の子供なのか、知ることがわたしの課題になったの。簡単なことじゃなかったけど。なにしろ被災した人の数が多すぎたし、行方不明になった人も大勢いたし。  自治体の窓口をあちこち尋ねまわって、被災者の家族にも会ったけど、赤ちゃんの身元はわからなかった。福祉施設に預けるべきだと、勧める人もいたわ。でもね、あの混乱の只中で、国自体の先行きがあやしい状態なのに、そんなことは出来なかった。  一応現地の役所に、身元不明の赤ちゃんを預かっているという届出をして、わたしはオーサカに帰った。独り身の女がいきなり赤ちゃんの世話をするのは、いろいろ大変だったけど、それはまあ、ここでは割愛。日々満載の子育てエピソードは、『リスキー』のネタになったわ。  その赤ちゃんがあの子、イズミってわけ。身元はずっとわからないままだった。戸籍もないので、そろそろきちんと養子縁組しなきゃと考え始めた頃、役所から連絡があったの。びっくりだったわ。もうとっくに、忘れられてると思っていたから。  イズミの両親はあの噴火で亡くなっていたけど、出身地がわかったというのよ。それがここの、一の沢村だった。村役場に駆けつけて、イズミに該当する子供の戸籍を見つけたけど、生きている家族はひとりもいなかった。結局、イズミはわたしとふたりきり、そのことがはっきりしたの。  ところでこのケース2040は、一の沢村番外地というのよ。ここからが本題。役場の記録によれば、イズミの母親に当たる人が、この広い土地の約4分の1を、所有してることになってた。  昔、発電所を造るときに、エネルギー省はなぜか土地を買い上げなかった。多分、地権者が複数いて、たどりきれなかったので、借地契約にしたんだろうって、役場の人は言ってたわ」
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!