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キイの長い物語が一区切りついたところで、一同はそれぞれに身じろぎをした。タクトとヒラタは休めの姿勢をとり、エルとジュリは車内で何やら作業を始め、ダリアにリードをつけたイズミは引かれて駆け出した。首のコリをほぐすように、グリグリとまわしながらカミヤが言った。
「で、どうなってた?借地料の支払いなんかは」
「なにしろ昔のことだけど、そんなものはなかったみたい。契約なんて書類上だけ、地権者がわからないのをいいことに、始めっからタダ借りだったらしいわ」
「地権者がわからないということは、ひょっとして、原野商法で売られた土地だったのか?」
「そうそう、それ。さすがは内閣府の役人さん、物知りなのね」
「まあな。私の学生時代には、近代雑学史の試験によく出た問題だ。最近はどうだ?」
カミヤはタクトとヒラタに問いかけ、ふたりは揃って首を横に振った。
「聞いたこと、ないです」
「だろうな。原野商法というのは詐欺だ。昔、景気のいい時代に、ここみたいな山を細かく区切って、都会の庶民に売ったんだ。タダみたいな安い土地を、何十万円かそれ以上で売りつけた。なんと言いくるめて騙したものか、見当もつかないがね。
買った方は騙されたと気づいても、どうにもできない。書類上、ただ持っているだけだ。当人の死後は、子や孫が忘れたり知らなかったりで、地権者不明になってゆく。しかも人数は多いから、発電所を建設すると決まっても、探しきれないわけだ」
「さほど熱心に、探しもしなかったし」
「その通り。告知はごく小規模に、ひっそりと行われた」
「なんて正直な役人さん」
「私は当事者ではなかったからね。歴史上の事実として知ってるだけさ」
ヒラタが眠そうにあくびを噛み殺す間も、タクトは興味深々の顔つきで、キイとカミヤのやり取りに耳を傾けていた。しかし、ここで自分が話に加わって良いのかどうか、ためらいがあった。するとキイが、水を向けてくれたのだった。
「そちらのおにいさんは、何か言いたいことがありそうね?」
「はあ」
「言ってごらんなさいよ。ねえ、カミヤさん、構わないでしょう?」
「べつに問題はないだろう。ああ、キミの名前、なんといったかな?」
「はあ。自分は、イチノサワタクトといいます。よくは知らないんですけど、自分の父か祖父が、一の沢村の出身だったかもしれないと、思うんです」
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