(2)もとの名は一の沢村番外地

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 キイの長い物語が一区切りついたところで、一同はそれぞれに身じろぎをした。タクトとヒラタは休めの姿勢をとり、エルとジュリは車内で何やら作業を始め、ダリアにリードをつけたイズミは引かれて駆け出した。首のコリをほぐすように、グリグリとまわしながらカミヤが言った。 「で、どうなってた?借地料の支払いなんかは」 「なにしろ昔のことだけど、そんなものはなかったみたい。契約なんて書類上だけ、地権者がわからないのをいいことに、始めっからタダ借りだったらしいわ」 「地権者がわからないということは、ひょっとして、原野商法で売られた土地だったのか?」 「そうそう、それ。さすがは内閣府の役人さん、物知りなのね」 「まあな。私の学生時代には、近代雑学史の試験によく出た問題だ。最近はどうだ?」  カミヤはタクトとヒラタに問いかけ、ふたりは揃って首を横に振った。 「聞いたこと、ないです」 「だろうな。原野商法というのは詐欺だ。昔、景気のいい時代に、ここみたいな山を細かく区切って、都会の庶民に売ったんだ。タダみたいな安い土地を、何十万円かそれ以上で売りつけた。なんと言いくるめて騙したものか、見当もつかないがね。  買った方は騙されたと気づいても、どうにもできない。書類上、ただ持っているだけだ。当人の死後は、子や孫が忘れたり知らなかったりで、地権者不明になってゆく。しかも人数は多いから、発電所を建設すると決まっても、探しきれないわけだ」 「さほど熱心に、探しもしなかったし」 「その通り。告知はごく小規模に、ひっそりと行われた」 「なんて正直な役人さん」 「私は当事者ではなかったからね。歴史上の事実として知ってるだけさ」  ヒラタが眠そうにあくびを噛み殺す間も、タクトは興味深々の顔つきで、キイとカミヤのやり取りに耳を傾けていた。しかし、ここで自分が話に加わって良いのかどうか、ためらいがあった。するとキイが、水を向けてくれたのだった。 「そちらのおにいさんは、何か言いたいことがありそうね?」 「はあ」 「言ってごらんなさいよ。ねえ、カミヤさん、構わないでしょう?」 「べつに問題はないだろう。ああ、キミの名前、なんといったかな?」 「はあ。自分は、イチノサワタクトといいます。よくは知らないんですけど、自分の父か祖父が、一の沢村の出身だったかもしれないと、思うんです」
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