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肉はうまかった。素晴らしくうまいとタクトは思い、アイランドを離れてから今日までの、つつましく味気ない食生活を省みた。ただ空腹を満たすためだけの食事を繰り返し、その結果、与えられたものは何でも食べられるようになった。自分でも驚いてしまうほどの、変わりようだった。
「フリーズドライのお弁当もそれなりに美味しかったけど、やっぱり焼きたてのお肉は格別よね」
「はあ。うまいっすね」
キイに話しかけられて、タクトは心から素直にそう答えた。スズナリが咀嚼の合間に言った。
「ところでキミ、さっきの私らの話、理解してくれたんかな」
「はあ。だいたい、わかったような。つまりボクは、あのデッドスペースの土地を、4分の1持ってるんですね」
「そうそう。ふむ、デッドスペースね。そんな呼び方もあったな。まあ、原発の跡地にぴったりだわ。で?キミは同意するね?借り上げの件に」
「はあ」
嫌だと言って通るのかよ。タクトは内心そう思ったが、なにしろ肉がうまい。口に出して反論する気になれないほど、味覚の幸福感が大きかった。正直、考えるのが億劫だ。ややこしい話は、後にしてほしかった。しかし、スズナリは容赦なく畳みかけてくる。
「ところでキミは、アイランドに戻りたいのか?」
肉を掴んだタクトの手が、口の手前で止まった。
「はあ。どうかな?」
「父さん母さんが恋しいか?それとも、もっと恋しいカノジョでもいるんかい?」
「いや、そんなのはいないっす。親だって、今さら恋しいって感じでもないし」
「ほんなら、ニセモンのちっぽけな島より、ホンマモンの地面がある本土で暮らすほうが、ずっとええやろ。あのぼったくりの島よりは、なんぼか広いしな」
「ええと。いきなり言われても…」
「ほう?そんなことは、考えてもみなかったか?そりゃあ、ウソやろ。カネ払えないからって、キミを追ン出したアイランドに、つうかあのミーハー野郎のミツモトに、腹立たなかったら、男やないで」
「はあ」
スズナリの剣幕と言い回しの難解さに、タクトはたじろいだ。たとえば『ミーハー野郎』もわからないが、『男やないで』の締めくくりなど、どうしてそうなるのか、さっぱりわからないのだった。
「そうカンタンにはいかないわよね。生まれ育ったふるさとだもの」
キイが笑顔でとりなしたが、タクトにとっては『ふるさと』というのも、ピンと来ない言葉だった。
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