(3)大佐の任務が終わる時はまだ来ない

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 ジュリは軽快な足取りで、高層ビルの非常階段を駆け下りる。タクトから取り返したアンキルを肩にかけているが、その重さとかさばりを少しも感じさせない身のこなしだ。急勾配の階段に意識を集中して、足音もなくリズミカルに、最上階から4階まで、一気に駆け下りた。  今は西ニッポンシティの中枢部となった〈B地点〉の高層ビル、その非常階段の4階の踊り場、ノブのないドアの前でジュリは立ち止まる。軽くジャンプして、ドア板上部の左隅に掌をあてた。掌紋認証によってドアが開いた一瞬の間に、するりと身体を滑り込ませた。  その先の細い通路は、ほぼ平坦だった。ジュリは全力で駆け抜ける。まもなく2枚目のドアがあり、1枚目と同じ手順を踏んでそれを開く。すると、今度は人々が行き交う通りに出た。ジュリは右に折れ、人々の歩速に合わせて進んだ。  そこは丘陵地帯の山腹を掘った〈トンネル街〉の通路だった。地中ではあるが、平地より海抜は数百メートルも高い。前世紀の中頃、放射能汚染に備えて地下に潜る選択をした、西ニッポンの先人たちが掘り始めたトンネルに端を発する。現在もなお、拡大中であった。    いわば、アイランドの内陸バージョンだが、地続きであったために、あの金権島ほどの閉鎖性は保てなかった。加えて、五感で捉えられない放射能の脅威よりも、年々増えゆく雨量のほうが、実際問題として切実だった。かくして、〈トンネル街〉に人々がなだれ込み、当局はこれを阻止できず、一時は甚だしく混乱した。しかし現在では、シドー大佐の率いる自治組織によって、〈トンネル街〉の治安と秩序が保たれていた。  ジュリの前方で鋭い奇声が起こった。ストリートダンスに興じる子どもらの声だ。通行する人々が無言で先を急ぐ〈トンネル街〉で、ひときわカン高く響き渡った。まだ10才前後の子どもが数人、広くもない通路を縦横無尽に駆け回り、意味不明の叫びを上げている。人々や壁に体当たりするかの勢いだ。その無謀な動きは、命知らずな動物の群れを思わせた。往来を阻まれた人々の間に、戸惑いと恐れが満ちた。 「やめさせろ。迷惑じゃないか」  背後で低い怒声がした。 「え?」  初老の男が、振り返ったジュリに向かって言った。 「あんた、母親じゃないのか」 「違います。わたしも通行人です」  男は舌打ちしてジュリを押しのけ、やめろ、静かにしろと、子どもらを怒鳴りつけた。
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