(3)大佐の任務が終わる時はまだ来ない

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 男の怒声は、子どもらが張り上げた金切り声に打ち消される。勢いを増した子どもらの群れは、たちまち初老の男に迫り、巻き込んだ。まだ小さな子どもらが息を荒げ、代わる代わる男に体当たりを食らわせた。恐れもためらいも見せず、捨て身の突進で男に襲いかかる。男の怒りは怯えに変わり、気圧されて後退った。頭を抱えて壁際にうずくまった男に、子どもらは容赦なく体当たりを繰り返した。  見かねたジュリはアンキル銃を構えた。トンネル内での発泡は、細心の注意を払わなければならない。発射速度を〈弱〉に切り替え、警告の空砲を一発、上方の空間に向けて撃った。子どもらの動きが止まった。むき出しの怒りに満ちた目が、一斉にジュリとアンキル銃を見た。 「やめなさい。散って、行きなさい。今度見つけたら、捕獲するからね」  子どもらは素早く、二方向に散って逃げ去った。人々の往来が動き始めた。初老の男は腹を押さえて足を引きずりながら、流れに混じって歩き去った。ほっとしたように、あたりの空気が緩んだ。ジュリもアンキルを下ろし、人々の流れにのって歩き始めた。 「危なかったよね、あのオヤジ」  若い女が近づき、歩きながら話しかけてきた。 「あんなふうに子どもに説教して、刺されちゃったオヤジを見たよ。先週、北側の通りで」 「SDしてない子どもが、増えてるから、あなたも気をつけて」  ジュリは慎重に、言葉を選んで答えた。 「そうする。おねえさん、カッコよかったよ」  女はジュリに微笑みかけ、足早に歩き去った。  遠ざかる女を見送りながら、ジュリは子どもらの母親と間違えられたことを思い出し、苦笑した。自分が子持ちに見えるなんて、そんなことはあり得ないつもりでいたが、案外思い違いなのだろうか。 それとも、さっきの男の目がおかしいのか。子どもらに対する誤った振る舞いからしても、やはりあの男がおかしいのだと、ジュリは思うことにした。  子どもらも年寄りたちも、怒りっぽくなっていると、ジュリは感じていた。人が集まる場所に来るたび、小競り合いや揉め事の場面に出くわした。さっきのように、大した理由もなく子どもらが騒ぎ、年寄りが怒るという構図だった。  次第にジュリは、SDが行き渡っていないせいだと、考えるようになった。かつては、無償で投与されていたのに、財政破綻後は有料になった。その上値段はまちまちで、昨今は品薄のために高騰している。  
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