(3)大佐の任務が終わる時はまだ来ない

4/24
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
 SDは十代の子を持つ親たちに選ばれ、支持されてきた。子どもを持て余した親たち、と言うべきかもしれない。自分たちはSDの効果によって平穏な思春期を送れたと、自覚する人々でもある。そして何より子ども本人が、自分も親たちと同じ処置を受けたいと望んだ。ジュリが学んだ研修のデータには、そう明記されていたし、アンケート調査による数字の裏付けもあった。  その上で、ジュリは思った。SDとは一体何か。青少年向けの性欲抑制剤と言ってしまえば、ミもフタもなかった。字面を見ただけで、とんでもないものだとか、自然の摂理に反しているとか、拒絶する者たちがいた。よくわからないから、なんとなくこわいからと。実はジュリも、初めはそう感じていたのだ。    防衛軍陸上部隊に入った16才のとき、ジュリは最初のSD投与を受けた。新隊員にとっては、伝染病ワクチンの接種と同列の義務だった。24才まで、4年毎の再投与を受けた。通算して3回のSD体験者である。その体験の途上で、ジュリは次第にSDを〈心の平安をもたらしてくれるもの〉と、受け止めるようになったのだった。  成長の途上で心と身体の発達が行き違うその時期、15才までのジュリは、危うい衝動の直中にいた覚えがあった。しかしそれは成長のアンバランスが、自分たち少年少女を、危険な行動へと誘うからにすぎない。後に知って、大いに鼻白んだ覚えもある。自分の意思ではままならない厄介な生き物が、自分の中に居座っていると感じた。嫌な感じだった。ジュリは本来の自分を見失い、息をひそめ、押し黙って日々をやり過ごした。    ジュリが防衛軍に入隊したのは、選択というより必然だった。辛うじて義務教育は終えたが、将来の夢なり展望なりが、持てるような環境にはなかった。自力で生きて行かねばならなかったのだ。入隊試験に合格できたときは、とても嬉しかった。天にも昇る心地だったと思う。生まれて初めて、自分の存在価値を認められたと思った。  ジュリの心身は、その時すでに暗黒の淵から這い上がりつつあったのかもしれない。そこへ、SDが投与された。効果は劇的に現れ、たちまちジュリを救った。危険に誘う衝動や負の感情は、吹き払われた。16才のジュリの心に、生まれてこのかた知らなかった、全き平安がもたらされたのだった。  混乱の時世にあっても防衛軍の規律が維持された秘訣は、SDであるとジュリは信じている。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!