第1章

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「今年度内に制式採用が決定されなければ、手前どもの生産態勢がとても整いません。そうなると不本意ながら、目下試験飛行をして頂いている八機を差し引いた残りの百二十機の、御軍への納入が、来年度中に間に合わなくなるという事態となりかねません。それだけはどうしても避けたいのですが…。この際、大佐殿の格別のご配慮で、なんとかなりませんでしょうか」  そこまで言われては、さすがに軍令部側としても今回の件だけは渋々折れざるを得ない空気となった。  それでも、新島大佐は腕組みをして、 「……。……。」  と、黙したままだった。  が、やがて何を思ってか、一旦中座すると、どこかと連絡を取っていたようだったが、暫くして戻ってくると、 「それほどやらせろというのであれば…だ。機体の耐久試験を兼ねた??発着艦の実験飛行に備えた試験飛行?≠?行う限りにおいては、お構いなしとする。だが、制式採用の認定を下さぬ内から、それを操縦させる為に軍の人間を出す訳にはいかんのだ。が、しかし…だ、海軍の者以外の者がそれを行うのであればよかろう。従って、民間の者あるいは外国の者であればこれを許可しよう。例えば英国人ならよかろう。そう…、英国人が勝手にやる分には良かろう。これでどうだ」  と、まるで、「これだけ軍が譲歩したのだから、これでやってみたらよかろう」と言わんばかりの物言いであった。しかし、「これでどうだ」と、大佐は胸を張ってこともなげにそう言うが、これでは良(い)いも悪いもない。  受注者側の、メーカーの言い分としては、既に完璧に仕上がっている艦上戦闘機を、準備不足という、発注者側である海軍の都合で試験的な発着艦をさせられないという不首尾を棚に上げて、勝手に試験を行う分には良いとは――これでは、本末転倒も甚だしいと言わざるを得ないのである。これでは、まるで江戸時代を思わせるような、武士と町人とのやり取りのようなものであって、時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ないのだ。  そんな彼らの憤懣遣るかたない胸の内など知ろうともしない、大佐の一方的な話は続く。
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