第1章

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 航空機をあれだけ当てにしておきながら、何時まで航空隊を待たせるのだ。何時になったら「鳳翔」に降りれるようになるのだ。我が方の用意はできているというのに、何故だ。吉成たちにしてみれば、そんな思いで、それこそ忸怩たるものがあったのだが、海軍軍令部は、そんな彼らの思惑など一向に構わず、専ら航空隊の者が失敗したときの事ばかりを危惧しているらしく、中々発着艦の実地訓練の許可をしなかったようであった。     実は、海軍軍令部が許可をしないのには理由(わけ)があった。  海軍軍令部としては、航空機やその母艦は、いずれ戦艦の守りや攻撃部隊としての役割を担うことになって、重宝はするだろうが、その前に、発着艦の実地訓練で無様な失敗をされても困る上に、重大な事故や機体の損傷は避けたいとの思いから、その訓練を行うのはまだ時期尚早であるとの判断(よみ)を働かせていたようで、それよりは、多少とも発着艦の予備訓練の経験があるという、民間会社が雇ったテストパイロットに試験飛行をやらせて、制式採用の為の耐久試験飛行を兼ねた形で、これを密かに済まそうかと目論んでいたからなのである。   それを裏付るような出来事があったのは、これより少し前のことだった。  その日、海軍軍令部において、一〇式艦上戦闘機の開発と製作を請け負った航空機メーカーである、川島内燃機製造所の幹部と軍令部第一部長との、本機の制式採用を巡っての、これが三度(みたび)目となる重要な交渉の場が持たれていた。  制式採用は当分無理だとする軍令部に対して、メーカー側の終始一貫した言い分としては、同社は社運を賭けて海軍省航空本部から要求された様々な厳しい要件をクリアした仕様の設計を行い、全力で世界水準の艦上戦闘機を既に完成させたのだ。それなのに、飛行試験では何ら問題ないというのに、空母からの発着艦試験が出来ないばっかりにその性能を実証できないばかりか、その飛行試験を無事終えなければ制式採用とならないというのでは甚だ困るのだ。それはつまり、経営面において深刻な影響を及ぼす事態になるということなのだ。  このことは、早急に本機を量産しなければ、採算がとれなくなり、経営が危うくなることを意味するから、航空機メーカーとしては死活問題となりかねない大問題なのである。  
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