第1章

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「…何度も言うように、残念ながら、まだ搭乗員の養成が間に合っておらん上に、空母の受け入れ態勢においてもまだその準備の段階にあり、発着艦に関しては保証の限りではない。よって、発着艦の試験飛行はいまのところ許可できんのだ。それが、今の海軍の現状であり、軍令部の方針でもあるのだ。そこのところを少しは分かってくれまいかなぁ」 このような、勝手で一方的な物言いの仕方をするのは、上級将校の常套とするところでも あるのだが、彼らは関係各方面との根回しを嫌って、部内の動きや空気を総合的に判断したり部内の関係者との合意を図ったりといったことを一切せずに独断専行で物事を決めて掛かろうとするのだ。だから、組織としての意思統一や方針決定に関し、一貫性に欠けるものが生じたりするから、物事を進める上でこのような無理が生じることになるのである。これに対して、民間の企業人たちは、世間知らずの軍人たちの、理不尽にして道理が通らない、このような無礼な対応には慣れたものであった。  彼ら軍人の根っこにあるもの――即ち、彼らの仲間意識や行動パターン、海軍内での立ち位置や人脈、交友関係などを予め読んでしまえば、海軍の中枢にある将校の殆んどの者が、それが実際に出来るかどうかの保障がなくても、相当大事だと思える案件でも意外なほど各自の裁量でもって大胆にも即決してしまおうとするから、その点は少々危なっかしいところもあるが、不測の事態にそれなりに備えておけば対応するのは割と訳はないのだ。   そこで、 「それであれば テストパイロットは我々の方で用意して、なんとしても航空母艦から発艦して再びそこへ降りてみせます。ですから、どうか大佐殿のお力で、発着艦の試験飛行の許可を頂けますようお取り計らい願えませんでしょうか。何分どうかよろしくお願いします」  と、メーカーの製作部部長と、生産部門担当専務が頭を深く下げて、いつになく執拗に食い下がった。  彼らは腹の中では、新島大佐を含めた海軍軍令部の幹部らが当然のように受けた、お気に入りの一流の芸者まで宛てがうという、過剰なまでの接待や盆暮れの付け届けの効果――つまり、見返りを期待したのだが――。こんな時こそ、やっとその効き目が表われて、??投資?≠?した分だけの見返りがなくては大いに困るのだ。  製作部長が重ねて言った。
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