あの終りのない夏の日に

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それは幻聴ではなかった。 「お兄ちゃん」 建物の入口で立ち止まって耳を澄ませていると再びより近くで聞こえて来た。 私は振り返り辺りを見回した。 すると人混みの中、息を切らせながら走って来る里夏の姿が目に入った。 リコ…声にならない 「リコ!」私は唾と一緒に込み上げてくる熱いものを飲み込むと今度は声に出して呼んだ 里夏は私のそばまで走って来るなり、声を掛けようとする私を制して時間がないからと直ぐに話し始めた。 「お兄ちゃん、悲しくても悲しくてもきっといい事があるからね。諦めちゃ駄目よ。昔、お兄ちゃんが里夏を励ましてくれた様に今度は里夏がお兄ちゃんを励ましてあげる、だからお兄ちゃん、これからも頑張って、私も頑張るから」 ここまで一気に話すと里夏は漸く呼吸を整えた。 事のいきさつを聞けば、最寄りの駅まで3人で行ったのだが、どうしても今の思いを私に伝えたくて伯父夫婦に無理を言い、駅のホームで待たせたまま走って来たのだと言う。 「だから、もう行かなきゃ」手短に説明を済ませると里夏は改めて言った そして、少しためらいながらケータイの番号を尋ねた私に、来年高校卒業するまでは我慢、我慢と笑いながら応えた後「お兄ちゃんとの連絡先はあの約束の場所だよ」と言って来た。 そして返答に窮している私に小さく手を振りながら「じゃあ行くね」と言うと、里夏は再び人混みの中へと走って行った。 私はいつも里夏の言葉とか態度の裡に隠れた思いに後から気付くのだった。 そして、それに気付いた時には居たはずの里夏はもう居ないのだ。 ただ私の心には銀ヤンマが飛び立った後の空っぽの虫かごの様な虚しさが残るだけだった。    私が改めて里夏の結婚式への出席の意思を伝えると電話に出た伯母が大層喜んでくれた。 そして入院中の父にその旨を報告に行ったのが今朝の事である。       電車の速度が落ちた。 窓の外に懐かしい駅前の町並みが見えて来る。               
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