あの終りのない夏の日に

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葉はすっかり落ちてしまい幹と枝だけの木立の間を用水路が流れている。 そこを更に入って行くと土が剥き出しの斜面に出た。 間違いない、ここだ。 私は降り続ける雪の中、その斜面を上る。 天辺まで上り切ると海風が下から煽る様に吹き上げて来た。 舞い散る雪の中、眼下に港が見える。 約束の場所にその背中を見つけると私はコートのボタンをはずしながら静かに近付いて行った。 そして何も言わずコートの前立の片方をその肩に包み込む様に掛けると、そのまま抱き寄せた。 「お兄ちゃん、やっと来てくれたね」里夏は前を向いたまま呟く 「待たせてしまったね、リコ」 「お兄ちゃんがしっかりと捕まえていないからトンボさん飛んで行ったよ」そう言うと里夏は笑った 「トンボさんが幸せになるのならそれでいいんだよ。お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんさ」 私はその言葉が本心なのかそれとも強がりなのか、自分でも分からなかった。 「お兄ちゃん」 「何だい?」 「夏もいいけど冬もいいね」 「どうして?」 「お兄ちゃんのコートの中、温かくて気持ちいいもの」 そう言うと里夏は私の方へ寄り掛かって来た。 里夏の肩に回している手に思わず力が入る。 「リコ」 「何?お兄ちゃん」 「幸せになれよ」 「うん、なる」 風は幾分弱まったものの雪は止む気配がない。 「でもお兄ちゃん、私は今までも、そして今も幸せだよ」 里夏はそう言うと黙り込んだ。 私が心配して直ぐ横の里夏の顔を覗き込むと、幼い頃のままの笑顔で「大丈夫、明日からはもっともっと幸せになるからね」と言った来た。 私も笑顔で「そうだよ、そうだよ、リコ」と言って返したのだが、その時に目の縁から熱い涙が一粒溢れたのが自分でも分かった。 雪は降り続ける 「次はお兄ちゃんだよ」 「何?」 「幸せになるの」 「そうだね」 真っ白な雪が視界を塞ぐ 「私…」 里夏の声が聞こえる 「ずっと待ってるから」                            ………おわり  
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