あの終りのない夏の日に

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私の母は三人兄弟の真ん中で上に歳の離れた兄、そして下には二歳違いの妹がいる。 この兄とは言う迄もなく実家にいる伯父の事であるが、この叔母にあたる母の妹と言う人に私はこの夏まで会った事がなかった。 亡くなった祖父、即ち私の母の父親がとても厳格な人だったと言う話は幾度となく母自身から聞かされている。 その反動で優しいだけが取り柄の私の父と結婚したのだと言う母の話も大概余談として付いて来るのだが、このエピソード自体余談である。 話を戻すと、伯父と母はその厳格な家庭環境に耐えるだけの適応力があったのだが、この叔母にはそれが欠けていた、と言う事らしい。 しかし案外、上の二人には持ち合わせていなかった強権を振るう父親への強い反発心を末っ子である彼女が持っていたのかも知れなかった。 いずれにせよ、この叔母は高校を卒業すると同時に家を出たのだった。 その日も朝早くから一人で虫取り網を手に持ち、虫かごを肩から下げて裏山の探索に行った私は、帰りに秘密の場所に寄ったにも拘わらず、まだ朝の内に母の実家へと帰って来た。 遠目にも玄関前に誰か居るのは見えたけれど、近付くにつれそれが幼い少女だと言う事が分かって来た。 無造作に短く切られた髪、何処にでもありそうなチェックの綿シャツにジーンズと言うお洒落とは程遠い出で立ちで少女は一人ぽつねんと立っていた。 母の実家は峠を越える道の頂上付近の少し奥まった所に位置する一軒家である。 従ってその小さな少女の訪問先はこの家を置いて外には考えられない。    そして俯き加減で一点を見据える様にして立ち尽くすその姿は、こう言う状況に慣れてる風に私の目に映った。 それが寂しげでもあった。 後年、私が里夏に対して抱き続ける何処か物寂しげな印象の原点がここにある。 但し、この時に私が里夏から受けたイメージは寂しさだけではなかった。 彼女はそれまで私が見て来たもの接して来たものの中で、何よりも意地らしくてキュートだったのだ。     私は懐かしさに駆られ思わず車窓より空を仰ぎ見たのだが、そこにあの夏空のあろう筈もなかった。 今、私が目にしているのは寒々とした冬の曇り空である。   そしてそれが明日、里夏が迎える幸せの門出に立ち込める暗雲の様に見えるのは、少年時代からずっと伝えられなかった彼女への思いが今も私の中で燻っているせいなのかも知れなかった。    
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