あの終りのない夏の日に

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私に大人の事情など分かる筈もなく、その夏は里夏と過ごす毎日が楽しくて仕方がなかった。 なにしろずっと従兄に教わって来た事を、今度は自分が教える側に廻ったのだ。 その殆んどは出鱈目だったけれど、里夏は何でも興味深そうに話を聞いた。 そして希に実践で偶然が重なり上手く事が運んだ時は目を大きく見開いて「お兄ちゃん、凄い」と言って来る。 私は里夏が時おり、寂しげな表情を見せる様な事があっても気にも掛けなかった。 ただ、夏休みの終わりに母と電車でこの町を去って行く際に駅のホームで里夏が泣きながら誰にすがるでもなく一人立ち尽くす姿を見ると、私も堪え切れなくなって泣いてしまった。 翌年の夏、地元の小学校の2年生に進級していた里夏は幾分お姉さんになってはいたものの、愛くるしい笑顔は初対面の時のまま変わってはいなかった。 私達は前の年と同じ様に朝から裏山の探索に行き森に入り、そこを抜け出て夏草の生い茂る斜面を駈け上った。 そして約束の場所から港の景色を眺めて過ごした。 そんな二人の関係も3年目あたりから微妙に変わり始める。 自然の中での遊びを止めてしまった訳ではないのだが、ただひたすらバッタを追いかけたり、小川の中を走ってズボンをびしょ濡れにしたり、海辺へ行ってヒトデを枝でつついたりはしなくなった。 その傾向は4年目つまり私が6年生で里夏が4年生になると更に顕著になって行く。 要は成長に伴い異性を意識する様になって行っただけの事で、それは極めて自然で健全な姿なのだが、その時の私は里夏と秘密の場所を作ったり二人だけの約束を交わしたりした事の中に背徳性を感じる様になっていた。 そしてその夏いつもの場所で二人並んで港を見下ろしている時に、里夏の母親が失踪した事を里夏自身の口から聞かされた。 しかし、里夏はその時に限り約束の事は一切口にしなかった。   そして私は「大丈夫だよ」「きっと帰って来てくれるよ」などと根拠のない慰めの言葉を繰り返すだけだった。      私はこの5年の間に自分から積極的に連絡を取ろうとしなかった事を心の何処かで悔いていた。 里夏に会いたかった。 しかしその機は既に逸してしまっていた。   
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