忠告

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 少々悔しいがこれは本音。そして更に悔しいことに、彼の愛する人は俺の目から見てもかなりの美人だ。しかも戸塚は自他共に認める愛妻家なのだ。  おかげで戸塚とは随分長く一緒に仕事をしているが、恋愛対象から除外済みだったりする。そもそも彼は出会った時すでに結婚していたから、出会い頭に振られたも同然だ。ノンケは惚れても報われないと、教訓を覚えたのは彼に出会ってからだった。しかしそんな学習の甲斐もなく、再び好きになったのが想い虚しく振られたあの子だ。 「それより今日は騒がしいねぇ。俺の存在皆無なんだけど」 「あ、そうなんだよ。ちょっとモデルさん遅れてて、申し訳ないんだけどセッティングとか準備だけ先にしておいて貰っていい?」 「戸塚さんがそう言うなら」  ふいに後ろを振り返った戸塚の視線につられその先を見ると、真っ白な室内に不釣り合いなごちゃごちゃとした機材が辺りに点在していた。 「仕事しますか」  のんびりとそう呟いて背伸びをすれば、よろしくねと彼が嬉しそうに笑う。人の物だが当面は彼に癒やして貰おうと思った。 「おっはよー」  とりあえず仕事始めにと、機材の搬入やセットの設営をしている若い子達を捕まえて、後ろから抱きついたりキスをしたりする。そうすると悲鳴と大きな笑い声がスタジオ内に響き渡った。これも最近では恒例となった光景。俺のストレス発散の一環だ。  最初から諦めている子や乗りよく応えてくれる子。いまだに大袈裟なほど飛び上がる子と様々で、反応が面白い。しかしこんなことが楽しくて仕方がない俺は、すっかりセクハラ親父呼ばわりだが。 「ああ、楽しい」 「渉さん今日酒臭いっす」 「そう? ごめんごめん、一応これでも気にしてきたんだけど。おはよう瀬名くん」  満足そうな俺と被害者達を哀れな目で見ていた男が、こちらを見ながら露骨に眉をひそめた。その表情にへらりと顔を緩めて俺は彼の頬に軽くキスをした。
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