234人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
「今日も盛況だねぇ」
「おかげ様で、渉ちゃんが寝てる間にいっぱいよ」
そんな彼女はこのラビットというバーのママに当たるわけだが、こぢんまりとした店内の客は見渡す限り男。中には彼女のように女性的な格好をした子達もいるが、やはり基本男ばかり。ここは生粋の女子は立ち入り禁制のゲイバーだ。そしてそこに入り浸る俺はこの店の常連である。
「ミサキちゃんおかわり」
「寝ながら飲んでる男がなに言っちゃってるのよ」
没収と、手にしたグラスを片付けられてしまい、俺は小さく口を尖らせてカウンターに頭を乗せた。
「俺さぁ、振られちゃったんだよね」
「え?」
「俺じゃ駄目なんだってさ」
独り言のように呟いた俺の言葉に、ミサキの気配が一瞬張り詰めた。けれど小さく吐き出されたため息と共に、それはすぐにかき消える。
「しょうがないわよぅ、あの子は元々ノンケだし」
「……どんな女と付き合っても我慢出来たけど。ぽっと出の男に持っていかれるなんて、悔し過ぎて涙しかでない」
「嘘っ、まさか、あの子が?」
ほんの少し上擦った声と見開かれた目が、いかにそれが信じ難いことなのかがわかる。大体この俺が誰よりも一番にまさかと、信じ難く思っている。
「ほんと完全にやられたって感じ」
自嘲気味に笑った俺の顔を見る彼女の気配が再び強張った。宥めるように俺の頭を撫でる手が微かに震える。人の痛みを自分のことのように感じる、それが彼女の優しさだ。
「そう、そうだったの。それは悔しいわねぇ。泣いちゃうわよねぇ」
「俺、本気で佐樹ちゃんのこと好きだったのにな」
「そうね」
仕事の合間、彼と会ったのは本当に偶然だった。
最初のコメントを投稿しよう!