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いまだ起き上がらない俺を見かねたのか、ミサキは小さな子供をあやすみたいに頭を撫でてくる。その感触にちらりと視線を持ち上げれば、くしゃくしゃになるほど髪を撫で回された。
「もう、ミサキちゃん。なにしてくれちゃってんの」
「うふふ。そういえば、今の仕事はどうなの?」
漂う空気の重たさを払拭するようなミサキの快活な声や笑みにつられ、不思議と俺の肩の力も抜ける。
「んー、それがさぁ。全然面白くないんだよねぇ」
カウンターに伏せた身体を持ち上げながら、俺は彼女の調子に合わせ不満げに口を尖らせると、大げさなほど苦笑いを浮かべて見せる。
「今までとはやっぱり違うんだ?」
「なんか、萎える。……本気で写真、辞めたくなった」
興味津々なミサキの視線にため息をつきながら、グラスの氷を俺は指先で回した。
「そうじゃなくても人間なんか撮っても楽しくないのに、よりによって被写体が一ミリも興味が湧かない女とか拷問じゃない?」
「結構有名な子でしょ、可愛くないのぉ」
「可愛くないっ。寄られるだけで鳥肌が立つんだけど」
元々、女特有の甘ったるい匂いや香水の匂いが嫌いな俺にとっては、それと一緒にいろと言われるだけでも嫌がらせに等しいのに。
「ふぅん、まあ渉ちゃんは黙っていれば綺麗な顔してるし、女の子はほっとかないわよねぇ」
「ほっといて! 俺はバッチリくっきりした顔よりナチュラルな感じが好きなの。ちょっと天然で笑顔が可愛ければ尚更いい。揺れる乳なんて論外だ」
思い出すだけで背筋が寒くなる。更にむせ返る匂いを思い出せば胸焼けがした。普段は出版社や企画の人間としか会うことはなく、担当は男限定にしてもらっている。
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