忠告

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 なにもない静かな空間が広がっている。薄暗くなんだか寒々しい場所だ。音もなく風も吹かないそこはとても空虚で、足元から暗闇に飲まれてしまいそうだと思った。孤独を誘う空間を見渡せば、人影が数メートル先にぽつんと立っているのが見える。 「佐樹ちゃん?」  視線を凝らし見つめてみると、そこに立つのは見慣れた愛しいあの子だ。それに気づいた俺は思わず駆け寄り手を伸ばした。けれど振り返った彼は、今まで見たこともない冷たい視線を俺に向ける。  その表情を見た瞬間に息が止まりそうになった。彼に嫌われるのはたまらなく怖い。身体中の体温が下がり、凍えてしまうような気がした。 「渉さんがそんな風に考えてるなんて思わなかった」 「佐樹ちゃん?」  汚いものでも見るような蔑む視線が、胸を抉るように突き刺さる。 「友達だって思ってたのに」 「……っ」  腕を伸ばした先にある背中。声を上げようとしても、震えない喉。痺れたように四肢の感覚がなく、身体が沈むようなずしりとした重たさだけがやけにリアルな、真っ暗闇がまとわりつく息苦しくて――嫌な夢。  夢の中でまで彼は、俺の前から去っていった。  湿気たシーツが肌に張り付く感触と、激しい頭痛で目が醒める。重たい瞼を持ち上げれば、ほんの僅かカーテンの隙間から漏れ射し込む光が見えた。 「……痛っ、二日酔いって最悪なんだけど」  しばらく唸りながらゴロゴロとベッドの上でのた打つ。そして見覚えのある天井を見上げ深いため息を吐いた。ここはミサキの店から比較的近い場所にあるビジネスホテルだ。 「あー、また家に辿り着かなかったのか。そんなに飲んだっけなぁ。なんか寝覚めもよくないし気分悪い。……マジで、佐樹ちゃんにあんな目で見られたら、俺生きていけないかも」
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