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俺がまだ小学3年になったばかりの時、暖かい陽射しとともに朝、目が覚めた。
いつもの通り制服に着替え、一階にあるリビングへと降りて行く、そういつもしていた通りに…。
キッチンにはいつも通り母親がいて、なぜか弁当を作っている。俺は違和感を感じながらも黙って用意されていた朝ご飯を食べた。食べ終えると母親がうつむいたまま、
「竜、そこにお洋服用意してるから着替えなさい。」
母親は疲れきっている様に見えた。続けて、
「今日はお父さんと山登りに行くのよ。」
母親は腫れぼったくなった目で精一杯笑って見せた。俺は何も言えず、そのままリビングに用意していた服に着替えた。
…いつもと違う…。そればかりが頭の中をグルグルと回った。玄関で母親がリュックサックを背中に掛けてくれた。玄関で待っていた父親が、
「さぁ!竜行くぞ!」
と、言って俺の背中を押した。そして母親にむかって、
「後は頼んだ。」
顔は真剣そのものだった。母親はピクリとも動かない…。父親はそれ以上何も言わず俺を連れて駅へと向かって行った。2人で電車に乗り込み空いている席に並んで座った。そのまま目的地に着くまで一言も話さずにいた。何度か電車を乗り継いで目的地に着いた。そこで初めて父親が口を開いた。
「ここからは歩いて頂上まで登るぞ!」
「うん。」
父親と山登りなんか何年振りだろう…。もっと小さかった頃に父親と母親に挟まれてはしゃぎながら登った記憶がある…。俺がそんな事をぼんやり考えていると急に父親が振り向いて、
「竜、大丈夫か?もうすぐ頂上だから頑張れ!」
「うん。」
やっと頂上に着いた時、俺は正直ヘトヘトになっていた。父親がやっといつもの笑顔に戻って、
「竜、頑張ったなぁ~。知らない内に大きくなっていたんだなぁ~。」
と、言い目を細めて笑った。俺は嬉しい様な照れ臭い様な感じがしてそれを隠すように、
「それより僕、お腹で死にそうだよ。」
父親は嬉しそうに、
「そうかそうか、じゃあ母さんが腕によりをかけて作ってくれたお弁当を食べよう!」
…僕はその時、母親のあの泣きながら笑っている様な顔を一瞬思い出したけど黙っている事にした…。
俺は学校や友達の事をたくさん喋った。父親はうんうんと目を細めながら聞いていた。
…俺はその時まだ子供だったんだ…。時折見せる父親の俺をいとおしむ様な悲しい笑顔にきづかずにいた。
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