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「ひろむ、」
「……っ」
真っ直ぐに俺を見つめた彼が、震える声で名前を呼ぶ。
「何、してんの?」
「……ごめん」
一度だけ、なんてそんなこと考えなければ良かった。我慢できないのは俺の勝手な都合であって、それが彼にキスをしていいことにはならない。
「キス、しようとした?」
「……うん、」
「何で、」
「何でって、」
気持ちのないキスは嫌だって、そう思っていたじゃあないか。俺の彼への一方的な気持ちで、だから、キスしなかったんだろ。
何でって聞かれたところで、好きだからとしか答えられないけれど。体だけの関係を続けて来た俺たちには、今さらそんな感情は重たいだけにきまっている。彼にキスをねだられたことも全くないし、これは、俺だけが──。
「ひろむ、」
「……っ、」
「なぁ、そこまでして、何で、やめんの……?」
「え、」
「やっと、って、思ったのに。俺とは、まだ、キスできない?」
「……っ、」
彼の目に涙がたまり、それからぽろぽろと溢れ出した。頬を伝って落ちていき、枕に染みを作る。
何が起きたのか、すぐに把握できない。
やっと……?それって。
嘘だろ、信じられない。
だって、彼が俺のこと、好きってそういう……。
ぐるぐると頭の中で考えを巡らせる。
それでもやっぱりその結論にしか至らなくて。予想外の出来事に俺は思わず手で口を覆った。
そんな俺を見て、彼は余計に泣き出してしまった。
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