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その自信はどこから来るのだろう。何の根拠もない。魔法? この時代に魔法はないだろう。冗談にしては笑えない。馬鹿げているとしか表現のしようがない。
しかし、と思う。
「分かった」
もう藁にもすがる思いなのだ。断る理由が特にない。あるとすれば、自分の愚かで何の役にも立たないプライドの『恥ずかしいから辞めろ』という忠告に耳を傾けた時ぐらいだろう。
「俺は天才だ」
そう、俺は天才だ。生まれてこの方、人生で失敗したことがない。この程度の大学、落ちる筈がない。俺は凄いのだ。俺は――
「あれ?」
気付けば自室の椅子に座っていた。
「……は?」
何故? 訳が分からない。さっきまで試験会場にいた筈だ。どうして、何が、どうして……ダメだ、分からない。
たまらず立ち上がる。動揺に息が乱れる。思考が纏まらない。恐怖という蛇が俺を睨んでいる感覚。怖い。理解が及ばない。誰か状況を説明してくれ。何はのだ、これは。
身が震える。突然の異常に耐えられない。目に映るモノ全てを破壊したい。そうすれば落ち着ける気が――
俺は頭(かぶり)を振るう。
「落ち着け落ち着け落ち着け」
人差し指を噛む。すると少しばかり緊張が解けた。身体は震えから解放され、俺は幾ばくかの理性を取り戻す。
「今は、何時だ」
机の上に置かれたシンプルな電子時計に目を移す。それには二月三日十九時と表示されている。それは二時試験……つまり意識を失ったのと同日だと言っている。
試験会場に足を踏み入れる直接までの事は覚えている。そう、確か……ポケットを漁ると綺麗に折り畳まれた女物のハンカチが出てきた。彼女から借りたものだ。
あれは……確か、午前十時ぐらいの事。
つまり九時間分ほどの記憶が頭から抜け落ちていることになる。今までこんな出来事に遭遇した事はない。自分はつい直前までの行動を忘れてしまうほど馬鹿になってしまったのだろうか。
「何か他に何か」
近くに放り出されていリュックがふと視界に入る。漁ってみようと思った。意味はない。ただ何となく、それをしてみたくなったのだ。中からは筆記用具と表紙に『二時試験問題用紙』と銘打たれた冊子が――
「は?」
何故、こんなものが? しかも解いた後……随所にメモのような書き込みが見て取れる。その筆跡は見慣れた自分のもので、誰か他人の冊子とは考え難い。
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