プロローグ

2/4
前へ
/62ページ
次へ
人を殺すのに必要なのはなんだと思う? とあるレストランに、不釣り合いなカップルがいた。 ちょっと高級そうなそのレストランと不釣り合いなのではなく、その二人が不釣り合いなのだ。 女の方は、ふわりとした栗色の髪にくりっとした大きな目、細めの身体に可愛い服が良く似合っており、その笑顔はチョコレートのように甘い。 一方、男の方はというと、太った体をよれよれのチェック柄のシャツとジーパンで無理やり包み、薄汚れたスニーカー、くねくねしたクセ毛をワックスでピッタリと伸ばしている。 男は女にかなり高級そうなバッグを差し出した。 「ありがとう。このバッグ欲しかったんだ」 「前に欲しいって言ってたでしょ?ちょっと無理して買ったんだ」 女のとろけるような笑顔に、緊張に歪んでいた男の顔が弛む。 「覚えていてくれたんだ。ありがとう。好きー」 「あはは……」 弛んだ顔にまた緊張が戻り、頭をがりがりと掻きながら 「この前……。明美ちゃんが別の男と一緒に歩いているのを見た人がいるって……」 と意を決して不安の原因を突きつけた。 「ふーん。そうなんだ」 明美の笑顔は崩れない。 「その男って、あの……」 「友達だよ」 「でも、その人が言うには腕を組んで歩いてたって」 「歩くよ。晴彦くんともそうでしょ?」 小首を傾げて不思議そうに返す。 「え?でも、俺たち付き合ってるんだよね?」 「は?なんで晴彦くんと?キモーい」 身を引いて、今までとは違う種類の笑みを浮かべる。 「……え?」 「付き合うとかキモいんですけど。意味わかんない」 消えた笑顔と無情な言葉に晴彦は蒼白になる。 「でも、好きって。だから色々買ってあげて……」 「はあ?物を買い与えて彼氏気取り?サイテー!」 「そ、そんな……。違うよ」 「晴彦くんがくれるって言うから貰って上げたんだよ。なに?お金で私を買ったつもりだったの?」 「違う。絶対に違うよ」 「そういう事でしょ?だってプレゼントしたって理由で彼氏のつもりだったんだから」 「プレゼントしたから彼氏ってわけじゃなくて…。だって、好きって何度も言ってくれて……」 「お礼で言っただけでしょ。普通言うよね?物を貰ってお礼も言わないなんてサイテーじゃない?」 「う、うん。そうだけど」 「なら謝って。私に嫌な思いをさせた事。謝って」 太った体を悲しいほど震わせて、晴彦は声を絞り出した。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加