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「工藤ぉ~。いい加減にしてくれよ。いつになったら仕事を覚えてくれるんだよ」
大勢がいるオフィスの中で罵倒されながら、工藤と呼ばれた若者は、筋肉で盛り上がった体を折りたたむように縮こませて下を向いている。
「なあ?何とか言ってみろよ」
「福田課長、そろそろ……」
同僚の仲田がわざわざ福田の席まで来て話を逸らそうとするが
「俺だっていちいち言いたかねーよ」
とまったく聞く耳を持たない。
「だいだいそのスーツもなんとかならんのか?筋肉でパンパンじゃねーか。筋肉用の筋肉スーツを着ろよ」
チラリとお気に入りの女子社員を見ると、クスリと笑っている。
気を良くした福田は更に調子に乗った。
「身体鍛えすぎて脳みそまで筋肉になってるんじゃねーか?」
もう一度チラリと見るが、今度は笑っていない。
もっと過激な事を言わなくちゃウケないか?
「なあ?筋肉じゃなくて脳みそを鍛えてくれよ。そんなに鍛えてるって事はヒマなんだろ?仕事に筋肉は必要ないの。脳みそなの。あ、脳みそ無いから分からないか?」
チラリと見ると今度は逆に嫌な顔をしている。不味かったか?
くそ。この筋肉バカのせいで印象が悪くなった。
福田は気分を害し、腹いせにいつまでもネチネチと嫌味を続けた。
それからすぐ、工藤は会社を辞めた。
「ったく。筋肉バカが勝手に辞めたせいでえらい迷惑だよ」
福田が愚痴る。
「若手の中じゃ一番動ける奴でしたからね」
仲田が皮肉るが
「はっ。筋肉ピクピクさせてただけだろ」
とまったく意に介さない。
課長の個人的な感情のせいで会社の戦力がガタ落ちだ。
仲田は気付かれないよう舌打ちをした。
数日後
福田が昼食をすませて街を歩いていると、頭にコツンと何かが当たった。
チャリーンという音に下を向くと、10円玉が落ちている。
ヒョイと拾って辺りを見回す。
「どっから?」
頭を捻り、ポケットに入れて立ち去った。
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